我々の体の内部の神秘とは?新しいRNAの役割(2024年ノーベル賞)
今年のノーベル医学・生理学賞は、われわれの細胞内の小さなRNAを発見し、その役割を初めて示した二人の研究者に贈られている。RNAのもっとも大切な働きは、われわれが生きる上で不可欠なタンパク質を作る上で、タンパク質を構成するアミノ酸の並び方を指令するものである。すなわち、DNA内に記されたアミノ酸の配列情報を伝達するコピー分子である。われわれのDNAは30億個のヌクレオチドと呼ばれる分子が繋がってゲノムと呼ばれる親から子に伝えられる情報を有する巨大な分子である。このDNA内のヌクレオチドの並び方は個人ごとに少しだが違いがあり、それに基づいてできてくるタンパク質には構造的な違いが個人の間でもある。それが個性を作る根本的な違いになる。この30億個のヌクレオチドは字のようなもので総量は30億字ほどをなす。西暦2000年前後に並び方がすべて明らかにされた。いまでは、望めばだれでもその情報は知りことができる。当然個人ごとに違いがある。(図1 RNAはDNAの複製でDNAから転写される)
その結果、ゲノムには2−3万個分のタンパク質のアミノ酸の並び方を指令する部分(遺伝子、または読み枠という)が見つかったが、それは30億ヌクレオチドの中の10パーセントぐらいの部分で、残りの90パーセントの部分の役割は当初は分からなかった。今年のノーベル賞受賞のアンブロス博士とラブカン博士らは、この90%のヌクレオチドの多くの部分はタンパク質のアミノ酸配列を指令しないものであることを突き止めた。さらに、20−30ヌクレオチドからなるRNA(SiRNAと呼ばれる)として読みとられことを明らかにした。また、この小さなRNAはいろいろなタンパク質の合成を始めさせたり、止めたりする制御の役割をもつことを初めて示した。(図2 SiRNAとは短いRNAで、他のタンパク質の合成を複写を抑えて阻害する。)
手順としては、アンブロス博士らは、実験に使われる線虫という虫を材料に、この虫の成長に異常が発生する突然変異を起こしたものをまず見つけた。次に、この異常の原因となるゲノムの場所を分子生物学の方法で追求し突き止めた。しかし、そのゲノム部分には意外にもタンパク質のアミノ酸配列を指令する従来から考えられているもの(遺伝子)ではなかった。その後の解析で、上に述べたようにこの部分からは20個ほどのヌクレオチドならなる小さなRNAができることがわかった。さらに、この小さなRNAが神経の働きに必要なタンパク質の合成を抑えたりする働きを見つけた。この神経の働きに必要なタンパク質を指令するRNAに結合し、タンパク質の合成を邪魔するのである。
その後、研究が広がり多くの研究者が、このような小さなRNAを作り出すゲノムの部分は線虫だけでなく、われわれ人間の中にも1000-2000箇所もあることを明らかにした。この発見に基づき、どんな生物の遺伝子でも、その合成を人工的に抑制することが可能になった。今回のノーベル賞に先駆けて、この抑制方法を確立した研究者にもノーベル賞が授与されている。
こうした先進的な研究からこの方法を医療に使おうと研究がさらに進んでる。その一例を記そう。最新の研究では、この小さなRNAによるタンパク質を作る仕組みの制御には、がんを引き起こす遺伝子も関わることが明らかになっている。これまでの研究で、発癌には発癌を促進するタンパク質と抑制するタンパク質が存在する。これら遺伝子の突然変異で発癌にいたる。がんを抑制しているタンパク質の機能が失われると、発癌することはヒトではとりわけ大事である。このようなタンパク質の合成または抑制にこれまで述べた小さなRNAが関与することが明らかになりつつある。この仕組みついて詳細が明らかになれば、癌を抑えるのに、これまでとは違った方法や薬が見つかるのではないかと大きな期待がもたれている。 参考文献; マイクロRNA;生合成調節機構と遺伝子発現調節ネットワークの理解、鈴木洋、生化学(2015)87巻、p413