食事は決まった時間に十分に!老化を抑えるためにも
朝ごはんは決まった時間にタンパク質とご飯やパンなどの炭水化物をバランスよく取ることが、健康維持に必要であることが再三語られている。このことに関連した最新の研究結果が権威あるサイエンス誌に最近発表されている。この研究では、私たちの体のすべての細胞には生まれた時からほぼ24時間の周期で時を知らせる遺伝子(時計遺伝子)があり、その働きは加齢により衰えることが示されている。またその結果、筋肉の衰え(サルコペニア)が起きることが詳しく調べられている。また、この衰えを予防するには、規則正しい食事が有効であるとも述べている。少しこの内容をここで見てみたい(A. Kumar et al. Brain-muscle communication prevents muscle aging by maintaining daily physiology. Science (2024) 384, p563)。
以前に体内時計の仕組みを解説したので、仕組みの概要はこれを参照してほしい。(このHP 新着ニュース2023年4月18日既報)。ここでは要点を簡単にまとめてみた。
我々ヒトは本来日中に活動し、夜は休む。日中に働くには食事でとった材料からエネルギー源となるATPをつくる必要がある。このためには、たくさんのタンパク質(酵素)の働きが必要である。それらは、日内の必要量が変動する。働きの必要な日中には合成は高まり、夜には必要性は低くなり合成は少なくなる。このためATPの合成に必要な酵素が集まるミトコンドリアの中のタンパク質の合成は昼に高まる。このように、合成の必要時間帯に合わせてタンパク質が作られたり作られなかったりするのは合理的である。例えば食事で取られる糖分は腸内で腸管から細胞の中に入る。これには糖分が腸管から腸の細胞内へ細胞膜を通して運ばれる必要があり、そのため細胞膜内の糖輸送タンパク質は昼過ぎから夜の初めに沢山できる。一方、摂取された脂質は、肝臓に溜められているが、夜に消費される。この脂質の消費(代謝)のための酵素は夜にできる。もし夜と昼が逆転する生活をすると、こうしたタンパク質の日内変動は不適切になり、脂質が消費されずに貯まるために肥満に結びつく。
もう一つ日内変動で明らかなことは睡眠である。朝から夜に向けてメラトニンという睡眠ホルモンが脳内(松果体)で作られ、睡眠の前に最も多くなる。生活が不規則になると、このサイクルが狂ってメラトニンの合成が狂い不眠になっていく。また、この睡眠のサイクルは歳をとると変化し、入眠のタイミングが早くなったり、遅くなったりする。これは加齢により、メラトニン合成の酵素の合成のタイミングを調節する時計遺伝子の働きが弱くなったためである。こうしたいくつかの例が示すようにヒトの日内での活動の違いは、いろいろなタンパク質量の適切な日内変動に支えられているからである。
次に、この日内変動の仕組みについて触れたい。私たちを構成するほぼ全ての細胞には、24時間の中で増えたり減ったりするこれまで触れた酵素の日内変動を取り仕切るタンパク質がある。複数あるが、そのほとんどが、遺伝子にスイッチを入れる働きをするタンパク質である。酵素の遺伝子は、それぞれにとって適切な時間にその合成のスイッチがこれらのタンパク質によって押される。このタンパク質は遺伝子発現のための転写因子と呼ばれ、時計タンパク質とも呼ばれる。また、その遺伝子は時計遺伝子(時計タンパク質をコードする)と呼ばれる。すなわち、この遺伝子の働きで上に述べた日内変動を繰り返すタンパク質が合成されていることになる。この時計タンパク質の多くは朝から増え始め、夜になると減少する。
この仕組みについてさらに詳しく見てみよう。時計タンパク質には、いつも作られている時計タンパク質(Clock, Bmal1など)と、この合成を抑える働きをする時計タンパク質(Per, Cryなど)がある。ClockやBmal1は、いろいろな遺伝子に働きその合成スイッチをオンにする。このスイッチ入力の対象となるタンパク質の中に、Per,やCryと呼ばれる時計タンパク質も入る。朝にClockの働きでPerやCryは作り出されるが夜になって合成が過剰になるとこれらのタンパク質はClockや Bmal1に結合してその働きを抑える働きを持っている。このため、夜になるとPerやCryの合成は止まり減少し、朝を迎え新たな1日がスタートする。すると、抑えが無くなったClockやBmal1により上記のようないろいろな酵素、透過輸送タンパク質、ホルモンなどの遺伝子のスイッチが再び入る(PerやCryの遺伝子も含まれる)。こうして日内変動が繰り返される。なお、この変動はわれわれが生まれた時に始まるという。
図。時計タンパク質は遺伝子の情報からタンパク質を合成するスイッチ(転写因子)
図。時計タンパク質の24時間周期での働き発現の仕組み
体の中で時計タンパク質の存在場所は二つに分けられる。基本的には、全ての細胞にあるが、脳内の奥にある視交叉上核と呼ばれる細胞群には細胞全体を支配する特別な時計タンパク質がある。視交叉上核から分泌される時刻の指令となる物質はその中で時刻に応じて合成されるペプチドホルモンである。これは、視交叉上核のそばにある交感神経の細胞に働きかけ、指令を受けたこれらの神経は次に副腎に働いて別のホルモンであるアドレナリンを分泌させる。アドレナリンは血中を巡り体の各部分の細胞に働きかけ細胞の活動を活発化する。また、視交叉上核から分泌されたホルモンは脳下垂体にも働き、脳下垂体からの副腎皮質刺激ホルモンの上昇を促し、結果として体の各部を同じように活動的にする。また、視交叉上核からのホルモンは脳内の別の神経細胞の塊である松果体にも働き睡眠に必要なメラトニンの合成を指令し睡眠をコントロールする。
視交叉上核からの指令を体の各部の時計遺伝子は受け入れるだけであると、当初考えられていた。 しかし新しい研究により例えば筋肉の細胞内の時計遺伝子は視交叉上核からの指令を選別する能力をもつことが、詳細な実験で明らかになった(上記のA. Kumarらの論文)。
視交叉上核の遺伝子の日内変動は生まれた時から不変のように見えるが、実は外部からの影響を受ける。その一つが時差ボケの解消に見られる。視交叉上核には目からの光の刺激が神経を伝わって送られて来て時計遺伝子の機能発現に影響を与える。このため、1日の光の情報が時計遺伝子のサイクルに影響を与える。時差の異なるところへ行けば、体内時計は外界に合わせて変動するのはこのためである。また、食事による血流中の血糖の変化も光と同じように時計遺伝子のサイクルに影響を与える。
歳を取ると、時計遺伝子のサイクルが変動し、睡眠などに大きく影響がでる。早寝早起きになったり、遅寝遅起きになったりすることである。また、加齢により筋肉量が減るのも時計遺伝子の働きが適切でないことによっていることが明らかになっている。
図。時計タンパク質のある2つの場所と情報の伝達の仕組み
Kumarらは、マウスを使ってつぎのような実験をした。視交叉上核の時計遺伝子を人工的に働かないようにしたマウスを使い、食事の時間を限定して餌を与える場合と、いつも餌が食べられるようにした場合で筋肉の筋量や筋肉の発生する力の量を比べた。この結果、両者で差があり、食事時間を限定し規則正しく食事をするようにした方が筋肉の衰えは有意に少なかったのである。食事をすることが視交叉上核の時計遺伝子の働きに似た役割をするということである。次に、筋肉細胞の中の時計遺伝子も働かなくすると、この場合筋肉の衰えは食事の時間制限をしてもなくならなかった。筋肉細胞内の時計遺伝子は筋肉の活動に必要で、視交叉上核の時計とある程度の関係を保って働いていることになる。加齢による時計遺伝子の衰えも、食事時間を規則的にし、十分な栄養を確保すると、少なくなることが示されている。こうした研究結果から、規則正しく栄養に配慮がある朝食は老化の予防にも大切であることがわかる。
参考文献:池田正明 生体リズム研究の現在 —時計遺伝子の機能と疾患の接点を中心としてー 外科と代謝・栄養 49巻6号 (2015)