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血中のコレステロール値を下げる新しい方法

 血中のコレステロール値は健康診断のチェック項目になっている。悪玉コレステロールと呼ばれるものは血液や体液中にあってコレステロールや脂質を運ぶタンパク質LDL(low density lipoprotein)とコレステロールが結合した凝集体のことである。LDLーコレステロール凝集体(以下LDL-コレステロールと省略)が増えると、血管の内側表面にプラークと呼ばれる塊ができ、これを除くために白血球が集まり、炎症を起こすことになる。これが動脈硬化を引き起こすこととなる。脳や心臓の血流が悪くなり、脳梗塞や心筋梗塞につながる。最近、紅麹に由来するサプリメントの中に混入した物質による腎臓の機能障害が問題になっている。そもそもこのサプリメントにはコレステロールの体内での合成を抑える物質が入っていることが謳い文句になっている。血中のLDL-コレステロールを下げることが多くの人々の願いであることが、この事件から推察される。

  これまで、血中のLD-コレステロールを下げるために薬物がすでに処方されている。スタチン系と呼ばれる薬物で、コレステロールが体内で作られる時に必須な酵素の作用を抑える機能(酵素の基質拮抗阻害)があるものである。もう一つの血中LDL-コレステロールの低下の新しい方法は、LDL-コレステロールを細胞内に取り込むのに必須な細胞膜にある受容体(レセプタータンパク質)に関係している。

  この新しい方法について最近の研究でヒトの治療にもつながる画期的な方法が報告されているので見てみたい(Durable and efficient gene silencing in vivo by hit-and run epigenome editing, M.A. Cappelluti et al. Nature (2024) Feb. 28 issue)。血液中のLDLは肝臓で細胞内に取り込まれれば、結果として血中濃度が低下し血管の障害を少なくできる。このLDLの細胞内への取り込みには肝臓細胞表面にあるLDL受容体が必要である。このLDL受容体にPcsk9と呼ばれる別のタンパク質が結合すると、受容体は細胞内で分解されやすくなることがわかっている。すなわち、Pcsk9は受容体タンパク質を不安定にする機能があることになる。もし、Pcsk9タンパク質の合成を抑えると、結果として受容体は安定になる(壊れにくくなる)。このため、LDLーコレステロールが肝臓細胞にとりこまれ易くなり、血中のLDLーコレステロール量は減ることになる。このような知見に基づいて、Pcsk9というタンパク質の合成を抑える工夫が数多くなされている。

  その一つは、Pcsk9タンパク質の抗体を血中に投与することである。抗体の結合後にPcsk9蛋白質は血中で分解され減ることになる。このため、Psck9の抗体がLDL-コレステロール低下のための薬として使われている。しかし、今回報告された新しい方法では、高価な抗体薬を使わずにPcsk9タンパク質合成を抑えることができる。

  この方法はかなり凝っているので理解するのは簡単ではないが、以下に要約してみよう。まずPcsk9の遺伝子DNAからのタンパク質合成の情報(mRNA)が読み取られないようにすることがポイントである。このPcsk9遺伝子の発現(mRNAの合成)の抑制は、Pcsk9の遺伝子DNAが細胞内でメチル化(DNAにメチルが付加すること)によって達成できることがわかっている。これは、DNAのメチル化によって情報の読み取りに必要なタンパク質がDNAに結合できなくなるためである。このためには、DNAメチラーゼという酵素をPcks9遺伝子の近傍で人工的に作らせる必要がある。新しい論文に発表された研究成果では、メチラーゼを作らせるために肝臓細胞に新たにこのメチラーゼのmRNAを外から導入している。

図 遺伝子DNAの情報はタンパク質のアミノ酸配列を指定する。遺伝子の情報に基づいてアミノ酸配列の情報のコピーであるmRNAが合成される(転写という)。この転写はスイッチオンとオフが制御されている。

図 転写の制御は遺伝子DNAの転写開始部分(プロモーターという)のDNAのメチル化の有無によって制御されている。メチル化すると遺伝子からのmRNAの発現は抑制(オフ)になる。(株式会社レリクサHPから引用)

   このmRNAの導入方法は、コロナワクチンをわれわれの体の中で作るために開発された新しい方法である。このmRNAには、メチラーゼの機能部分とDNAにこのタンパク質が結合しやすくするタンパク質(遺伝子発現抑制タンパク質の一部分、参考:人工結合タンパク質のデザインと細胞機能制御の展開、今西未来、薬学雑誌(2012)132、p1431))の遺伝情報が人工的に融合(結合)してある。この人工mRNAを、人工的に作った脂質の袋(リポソームという)に詰め込み、ネズミの血管に注射すると、肝臓細胞に取り込まれmRNAによって上記の人工的なDNA結合性のメチラーゼが合成され、Pcsk9遺伝子の読み取りが抑えられるはずである。実際、期待したように血液中のPcsk9の量が減少していることが確かめられた。また、血中のLDL-コレステロールを測定すると、有意にLDLーコレステロール量は低下していた。このmRNAを投与した結果起きたLDLの減少は、マウスの固体を実験材料にして調べると、1年間は継続されることが確かめられた。この方法で強調されているのは、mRNAを肝臓内の細胞に導くのに、従来の方法ではウイルスを使っていたのに対し、ウイルスは使っていないことである。このため、より安全であるとされている。これまでは同じような遺伝子の機能抑制の目的では、Pcsk9遺伝子自体を破壊する方法が使われた。この論文でとられた方法は、これとは違い遺伝子機能を抑える上で安全性が高いと述べられている。

  筆者らは、この方法は他の遺伝子が関わる病気(例えば各種の“がん”)においても、悪しき遺伝子の発現の抑制の方法として使えるのではないか述べている。