100歳以上の高齢者には特別な腸内細菌がいる!
健康に過ごすには腸内細菌の状態(腸内細菌フローラ)を良くすることが重要であることは、すでに多くの人が理解しているところである(新着情報 2021年4月21日参照)。最近これに関連して興味深い研究結果が伝えられているので紹介したい。2021年11月慶應大学医学部の佐藤優子氏らは、100歳以上の高齢者には特別な腸内細菌がおり、その細菌が作る酵素により腸内の胆汁酸が殺菌作用のあるものに変換することを見出した(Novel bile acid biosynthesis pathways are enriched in the microbiome of centenarians, Y. Sato et al. Nature (2021) 599, p458-464)。100歳以上の人々は感染症にかかり難く慢性の病気なども少ないことがすでに知られている。このことと、今回の発見は関係があるのだろうか。
日本に住む100歳以上(平均106歳)の高齢者160人、85-89歳 112人、21-55歳 47人、から大便を回収しその腸内細菌を培養し比較した。その結果、100歳以上の人々には、そのほかのグループの人々には見られない特別な腸内細菌の仲間がいることが判明した(特に多いのは、Proteobacteria, やSynergistetes, また比較的多いのは、Verrucomicrobia)。また他のグループには認められるのに、100歳以上の人にはActinobacteriaの仲間の細菌は認められなかった。
次に高齢者の腸内に特徴的に存在する細菌のゲノム(DNA)の遺伝子を解析し、他の細菌にはなくこれらの細菌のみが持つ遺伝子を同定した。この結果から、これらの遺伝子が指令する酵素を突き止め今まで知られていなかった生体内の代謝機構の存在を明らかにした。すなわち、これらの酵素は肝臓から十二指腸に分泌される胆汁酸を化学的に変化させる機能を持つことが明らかになった。胆汁酸は、食事で体内に取り入れた脂肪の塊を腸内で分子レベルで分散状態にさせ吸収しやすくするのに必須な機能がある。石鹸に似た役割である。発見された酵素は腸内細菌から分泌され, 肝臓からできた1次胆汁酸を腸内で化学的に構造変化させ2次胆汁酸にする。
この構造変化した胆汁酸成分は通常の胆汁酸(成分は図A、ケノデオキシコール酸)が数段の酵素反応の結果できるロトコリック酸(LCT、図B)と呼ばれる物質の仲間であった。この数段の化学変化(代謝の経路)は新規に見出されたもので100歳以上の高齢者の腸内細菌から分泌される酵素によるものだが、筆者らはLCTに殺菌作用があることを見いだした。試験管内でも、またネズミを使った体内実験でもLCTは微量で薬剤耐性になったクロストリジュームという細菌を殺すことを示している。ただし、この菌はグラム陽性と呼ばれる細菌の仲間だが、グラム陰性と呼ばれる仲間の細菌にはLCTは作用しなかった。
こうした研究成果に基づき、筆者らは次のような考察をしている。すなわち、100歳以上の高齢者には特徴ある腸内細菌が生まれており、この細菌の作る酵素により生み出される特別な胆汁酸には殺菌能力があること、そのため感染性の菌の攻撃から体が守られること、などを予想している。また、このような殺菌作用は、外部から腸内に入った感染性細菌の攻撃から体を守るだけではなく、腸内にいるいわゆる悪玉菌(ウエルシア菌など)の増殖を防いで結果として善玉腸内細菌(乳酸菌など)の増殖を助けているのではないかとも考えている。
この発見は日本人を対象としたものだが、他の国ではどうなのか、またどのようにしてこのような菌が100歳以上の高齢者に生み出されるのか、などの疑問が生ずる。これからの研究により解明されると期待される。これと関連して特徴のある腸内環境を作り出している100歳以上の人たちの日常の食生活や運動を含む活動状況などにも興味が湧くのではないだろうか。
腸内細菌フローラを育成するためには、食物繊維をもっと食する必要があることは、多くの人がすでに共有していることである。この点について、2021年の10月にまた新しい本が上梓された。消化器内科の臨床医である松生恒夫氏の本である(健康の9割は腸内細菌で決まる。松生恒夫著PHP新書(2021))。便秘や大腸癌の患者を多数見てきた経験にもとづき、腸内細菌の環境の重要性を説いている。この本で推奨されているような食事は、100歳以上の人の良好な腸内細菌フローラ形成に通ずるものではないだろうか。参考までに以下に紹介したい。
松生氏は、食物繊維には水に溶けやすいもの(水容性)と溶け難いもの(難溶性、ごぼう・きくらげなどに含まれる)があり、腸内細菌には水溶性の食物繊維が増殖のために必要であると述べている。水溶性食物繊維(オリゴ糖)は腸内細菌によって分解され酪酸と呼ばれる低分子脂肪酸の一種になる。酪酸は、腸の裏側にある免疫細胞に利用され、免疫系を活性化する。この水溶性食物繊維は大麦やキーウイに多く含まれているという。このため、お米に大麦を混ぜたご飯が松生氏の本では推奨されている。それによれば、大麦の効果には、1。正常な腸機能の維持(便秘の予防)、2。食後の血糖値上昇の抑制、3。血中のコレステロール値の低下、などがあるという。大麦は食べ難いイメージがあるが、オーストラリアで開発されたスーパー大麦(バーリーマックス)は食べやすいのことである。日本の伝統である酒粕の飲食も推奨されている。酒粕に含まれる麹菌がつくる酸性のタンパク質分解酵素(酸性プロテアーゼ)が腸内細菌の増殖に有利とされるからである。酒粕を毎日飲用することで、松生氏は自身のクリニックに来る便秘の患者の症状が改善されたことを示している。
この本で述べられていることで注目する別のことは、運動を良くする人の腸内細菌フローラは、しない人と異なり善玉菌(乳酸菌、ビフィズス菌など)が増えているという点である。生化学の世界的研究者として有名な女子栄養大学副学長(自治医科大学名誉教授)の香川靖男氏は、運動量の多いアフリカでは世界の予想に反してコロナウイルスの感染が人口あたりの数で極めて少ないことに触れている。これは日頃の運動量がアフリカ人では多く、これにより腸内細菌群が変化し、免疫力をあげているとの推察である。
腸内細菌の健康維持における重要性は始めに記したように最新の研究でも確認されている。そのために、より良い食生活や運動量の増加は不可欠のようである。