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連載;ライフサイエンスの基礎−1

コロナウイルスは生物か非生物か?

宇宙は元素とそれからできる分子からできている。酸素、水素、窒素などが大半を占めている。これらの物質から生命もできている。一方、われわれは、非生物に囲まれている。テレビも車ももちろん非生物である。それらも元素からできている。われわれが立っている地球、地面は非生物の代表だが、化学の目で見るとケイ素が主体である。

生物はそれでは何からできているのだろうか? 炭素、水素、酸素が主成分である。これらが集まってわれわれが生きていく上の活動の仕組みの基盤をつくっている。目が見えるのも、音が聞こえるのも、考えを回らすのも、それを成り立たせるためには炭素、水素、酸素、窒素を主成分とするタンパク質分子が必要不可欠である。生命の存在はタンパク質という特別な物質(分子)があって初めて成り立つ。

タンパク質はアミノ酸が結合してできる。(生物図録、鈴木孝仁監修、数研出版より引用)
タンパク質からなるホルモンインシュリンの構造(生物図録、数研出版より引用)
酸素を運ぶタンパク質ヘモグロビンの立体構造(生物図録より引用)

  タンパク質はアミノ酸が集まったものである。アミノ酸には20種類の異なるものがある。われわれの活動の基本をなす少なくとも10万種類以上の異なるタンパク質は皆この20種類のアミノ酸が繋がって糸のようになってできている。この糸構造を構成するアミノ酸の並び方は、タンパク質ごとに違っている。このタンパク質ごとのアミノ酸の並び方は、各人間が親からもらった情報であり、遺伝子に書かれている。面白いことに親から子供にこの情報が伝わる時に、わざと兄弟の間で違いがアミノ酸の並び方の中にできるような仕組みがわれわれには備わっている。このために、人間は兄弟から始まって他人とは違いがある。すなわち、この違いの根源は、部品であるタンパク質のアミノ酸の並び方に違いがあるところから来ている。このような違いがあることで、今地球にいる人間を含む生物は生き延びてきた。もしこのような仕組みを獲得していなければ、すなわち多様性がなければ、地球上の環境が変わったときに、その生物種は一度に全部死滅する可能性があった。しかし、部品であるタンパク質に多様性があれば、この変化に対応できる生物がいる可能性が生まれる。多様性は遺伝子DNAに偶然起こる変化(変異)によっている。この変化の中からその時の環境で生き残れるもののみが生き残ってきた。このような巧みな仕組みは30億年という膨大な時間をかけて、地球上の最初の生き物があらわれてから変異と環境適応による選別という組み合わせで獲得してきたものである。今の人間と同じ祖先は200万年前に地上に現れたと言われる。30億年という時間と比べるとこの人間の歴史は1000分の1とわずかな時間であるが、人間の一人一人に違いができる仕組みは、人間が生まれるより前の段階での永い生物の進化における変異とその後の環境適応のために生み出された。なお、ご存知のようにこうした生物の進化を初めて見抜いたのは、1850年前後の科学者であるイギリスのダーウインである。また、同じ頃にオーストリアのメンデルは初めて遺伝子の存在を予言した。

タンパク質のアミノ酸の配列を指定する遺伝情報の流れ(セントラルドグマ)

遺伝子の情報に従って細胞の中でアミノ酸が繋がっていろいろなタンパク質ができる仕組みはここでは述べないが、細菌、蛇、豚、人間を含む地球上の全ての生物に共通であることがわかっている。これをセントラルドグマという。いま問題になっているコロナウイルスでも同じである。それではコロナウイルスは人間と同じ生物の仲間なのかというと、それは違う。

コロナウイルスも人間も、親からもらった自分をつくるタンパク質の設計図(遺伝情報)に基づいて、実際に自分の体を作るための複数のタンパク質をつくる点では同じである。しかし、タンパク質を作るためには情報だけでなく作る仕組みや装置が必要である。この装置を、人間はもっているが、コロナウイルスは全くもっていない。コロナウイルスは、われわれの細胞に寄生して人間の装置を借りて自分の遺伝情報に基づいて子供のウイルスの材料となるタンパク質を作る。その結果、ウイルスに感染するとわれわれの細胞、特に肺の中の細胞は栄養をウイルスの増殖にとられて死ぬ。多くの細胞の死は炎症という症状につながる。その結果、呼吸ができなくなる。このようにウイルスは子供のためのタンパク質を作る情報はもつが、タンパク質を作るための装置を構成する特別なタンパク質の情報はもっていない。そのため、コロナウイルスのみでは子孫を作れない。生物のもつ最も大事な特徴は、子孫を作ることができるということなので、ウイルスは非生物ということになる。

コロナウイルスのモデル図(日経バイオテクより引用)
バクテリアに感染するウイルス(日本高分子学会より引用)
コロナウイルスの生活環

ウイルスには沢山の仲間があって、その作りは似ているがどれも同じというわけではない(上記の図参照)。しかし、遺伝情報を担う物質である遺伝子DNAまたはRNAをカプセルで囲んでいるという基本構造では同じである。遺伝子は、カプセルを作るためのタンパク質や遺伝子をコピーする酵素の遺伝子である。このような構造なのでウイルスは半生物といった表現もなされている。しかしウイルスを舐めてはいけないだろう。COVIDで今苦しめられているからそれはそうだと言われるかもしれない。コロナウイルスに対抗するには、すでにわかるようにワクチンの接種が有効である。ウイルスを作る部品のタンパク質は人間のものではないので、免疫の仕組みによりウイルスを構成するタンパク質のどれも異物としてヒトの体内で認識される。すると、この異物を取り除くために抗体タンパク質が作られ、この抗体はウイルスの部品タンパク質にのみ結合し、ウイルスが感染したヒトの細胞に侵入するのを防ぎ、さらに抗体が結合したウイルスはヒトの白血球により食べられて死ぬことになる。免疫よりもっと手取り早い方法は、ウイルスが、感染したヒトの細胞の中で増えないようにする薬を作ることである。この薬はヒトの本来のタンパク質を作る仕組みに作用するものでは毒となるのでは困る。ウイルスは幸い自分の子供のための遺伝子を作る酵素をヒトとは違う自前のものとして持っている。この酵素の働きを止めれば、子供のウイルスはできなくなり、感染してもすぐにヒトの細胞内で死滅する。ヒトの細胞には悪影響はない。AIDSやインフルエンザウイルスではすでにこのような薬が存在するので、コロナウイルスでもいずれ実用化するはずである。

地球上のウイルスの仲間の総数は推定できていない。しかし、地球上のあらゆる生物に寄生していると考えられるのでその数は計り知れないほどであろう。大腸菌などの単細胞にもそれに特有のウイルスがいる。したがってまだ人間が遭遇していない細菌や動物に寄生している新たなウイルスがいる可能性は極めて高い。コロナウイルスの出現はこれを物語っている。このことは、次の事実からも推測できる。人間の遺伝子DNAの総延長は1メートルに達する長い物質(分子)で、30億の文字が含まれている。この文字(暗号)に基づいてタンパク質を作る時にタンパク質同士異なるそれぞれに決まった一連のアミノ酸の並び方を実現することができる。このような並び方を指定しているDNAの部分は、全遺伝子DNA(ゲノムという)の10パーセント程度であり、その他は何を意味するものか不明な点が多い。この不明な点を解明しようとする研究の過程で、そこにはウイルスの遺伝子DNAによく似た構造が組み込まれていることがわかっている。人類ができてくるまでのどこかの過程で、ウイルスが感染してその名残としてこのようなものがあると考えられている。このようにヒトとウイルスの関わりは永く、これからも新たなウイルスに遭遇し、中にはその感染の痕跡をヒトのゲノムの中に残すものがあるかもしれない。