魚の栄養と淡路の漁業
海で囲まれた淡路島では、当然ながら産業別の生産額で漁業は大きな割合を占める。2018年度には、淡路市で1191人、洲本市で382人、南あわじ市で450人の漁師が働いている。イカナゴ、イワシ、エビ、アナゴ、スズキ、タイ、タコ、ブリ、ハマチ、イカなどを収穫し、阪神などの大都市の食卓に生きの良い魚を送っている。漁業は1500年前から続く農業と並び大切な食の国淡路島の産業である。
日本では、タンパク質源となる肉については、動物ではなく魚の肉がこれまで長い間主要な食源であったことは誰でも知るところだが、ここでは魚の栄養について見てみたい。豚肉、牛肉、鶏肉が豊富な現在では、魚が栄養源として大事なのは、そのタンパク質より脂質(脂肪)であるとも言える。脂質とはよく知られているように、油の仲間の総称であり化学的には炭素原子と水素原子を中心として多数の原子が集まってできている物質である(図には、人の体にたくさんあるグリセロール脂質/中性脂質の構造を示す)。
このような物質は水となじめない(この理由は、水と生活のトピックスに記載してある)。この脂質は、人の体の中では細胞の周りを取り巻く細胞膜の必須な構成要素である。また血液中にも脂質はタンパク質と一緒に溶けていてリポタンパク質と呼ばれ、エネルギー源として重要であり、体中の細胞に送られる。よく知られている脂質の一つであるコレステロールは、このリポタンパク質に沢山ある。細胞膜を構成する脂質(グリセロールりん脂質やコレステロールからなっている)は水に親和性のあるグリセリンという部分と、水が嫌いな脂肪酸部分が結合したものである。細胞膜の内部に図に示すように、グリセリン部分を外側に、脂肪酸部分を内側にして集まるために2層構造を取っている。
この2重層のために我々にとって栄養となる物質やイオンは細胞の外から内へと細胞膜を自由には通過できない。このように細胞膜により細胞の外と内が異なる環境として区切られることになる。したがって脂質は我々にはとても大切な栄養素である。
この整列した脂質分子の中にある脂肪酸には色々な異なる仲間がある。この仲間のどのような種類があるかによって、細胞膜の弾力性に違いが出る。細胞膜の弾力性は人の健康の上でとても大切である。肌の若さは、皮膚の細胞の細胞膜の弾力性によるのは、その一例である。また、血管を取り巻く細胞の細胞膜の弾力性は血圧に関与する。これも血管細胞の細胞膜を構成する脂質分子の種類に関係している。魚やアザラシのみ食べてで生きてきたエスキモーでは、脳梗塞などの血液の循環に関わる病気がほとんどないことがよく知られている。これはエスキモーの血管や血球細胞の細胞膜の脂質や血中のリポタンパク質中の脂質に、魚やアザラシに多く含まれるDHA(ドコサペンタンエン酸)やEPA(エイコサペンタンエン酸)とよぶ脂肪酸が多く含まれることによる。これらの脂肪酸が入ることでリポタンパク質は塊になりにくくなる。脳梗塞や心筋梗塞では、血液中のリポたんパク質が塊になり血管をふさぐのだが、DHAやEPAはこれを防ぐ。
ロンドンにある“脳化学と人の栄養に関する研究所(Institute of brain chemistry and human nutrition)”は、脳の働きにおいてDHAが重要で、特に脳の神経細胞の発達に大切であることを強調している。子供や妊娠中の母親はこの脂質をより多く摂取するように勧めている。DHAやEPAは必須脂肪酸と呼ばれ、人の体の中では作ることができない。体外から摂取する必要がある。自然界では魚に多く、特に眼の裏などに特別に多く存在する。このため、魚は必須な食べ物となる。厚生省は、成人男子で1日に2.2グラム、女子で1.9グラムのDHAの摂取を勧めている。では、このDHAとはなんだろうか。
ここでもう少し詳しく細胞膜や神経にある脂質分子を見てみよう。
細胞膜の脂質分子内には上で述べたように、水がきらいな部分(疎水性部分)と水に馴染む部分(親水性部分)がある(図)。疎水性部分は、炭素が20個前後つながる脂肪酸が主成分で、それぞれの炭素に水素が結合している。
体の中の脂肪酸は、この炭素のつながりが直線状のもの(図は 直線状のステアリン酸)と折れ曲りがあるもの(図はリノール酸)に分かれる。
前者を飽和脂肪酸、後者を不飽和脂肪酸と言う。EPAやDHAは不飽和脂肪酸で、折れ曲り構造を持つ。飽和脂肪酸は、肉の脂肪やバターなどの中にあり常温で個体であり、不飽和脂肪酸は常温で液体である。細胞膜にはたくさんの脂肪酸が並んでいるが、飽和と不飽和の脂肪酸を持つ脂質の両方が存在する。不飽和のものが多ければ膜は弾力的になり(流動的という)、少なければ硬くなる。なお脂質の仲間の他の分子は、細胞膜から酵素により切り出され生理活性物質(プロスタグランヂィンなど)になるものもあり、睡眠、炎症などに関与している。ちなみに、非ステロイド抗炎症薬はこの切り出し酵素を抑える物質である。
ここで述べたような魚が含む不飽和脂肪酸の重要性を理解すると、これを確保するために必要な淡路島の漁業はどのようになっているのか、気になってくるのではないだろうか。ここから淡路の水産業を見てみよう。淡路の漁業の多くは淡路市にある9つの漁港(富島、浅野、室津、育波、一宮、岩屋、森、津名、仮屋)を中心に成り立っている。
それぞれに漁業組合があり、独立に操業している。淡路市育波港を基地に漁師をするOさんに漁師の生活についてお聞きした。イカナゴの子供のシンコは冬の季節(3月に漁の解禁)に淡路島の北部の浅瀬で取れ、最も大きな収入源になるという。他の季節は、イワシやその子供のシラスを取る。漁の時は、朝の2時半から3時に起床し、4時には港を出港し、昼頃まで漁をする。2隻の船で一つの網を引く船曳漁で、キャプテンの他5−6名の漁師のチームで行う。この他、海底近くにいるカレイ、タコ、アナゴ、エビなどには、底引き網を使う。目的の魚の種類や大きさに合わせて使う網の目の大きさなどを自分で変える準備が必要であるという。漁ができる海の範囲は組合ごとに決まっている。お話を聞くとその技術の修練の必要、また厳しい労働などに強い印象を抱く。食卓の魚の背後に多くの漁師の人の苦労を感じる。
淡路島の漁業の未来はどうなるのだろうか気がかりである。厳しい労働と、何より魚の量の大きな低下がイカナゴを中心にこの3年間あり、漁師の方の生活に大きな影響があるという。また、後継者がなくなり、高齢化が進んでいる。淡路島の北部の漁業は、魚漁の他に海苔の養殖があり大きな収入となっている。海苔は、秋に種を準備し、冬の間この種をひび網という網に撒いて育てる浮き流し式が行われている。一回3週間ほどの養殖を春まで何度か繰り返す。これも寒い時期にしかできないことで大変な作業であるが、摘採や加工は全自動化されているという。
魚資源の減少に対し、漁獲制限など資源保護には関係者は多くの配慮をしている。また、海の貧栄養化にも対処しようとしている。海苔の養殖のように魚の養殖は今後ますます重要になるのではないかと予感する。淡路島でも南あわじ市でフグの養殖が始められ、3年養殖のトラフグが有名である。
ワカメも養殖されている。現在の漁獲量を見ると、日本全国では、すでに養殖による漁獲量は全体の2割ほどになっていることに驚かされる。また日本全体では、魚の輸入量も大幅に増えている。このような状況だが淡路島の海の幸、必須な栄養源をこれからも自前で確保する事は、健康生活のために、また淡路の歴史と文化を守る上でも極めて大切である。西海岸にある海に面したレストランのハローキティースマイルのパーティテラス(https://awaji-resort.com/hellokittysmile/restaurant.html)では、淡路の鮮魚が目の前で料理されるコースが用意されていて淡路の魚を堪能できる。こうしたレストランが淡路島のそこここで訪れる人を待っている。