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遺伝子と体調の関係とは?

ヒトは顔がそれぞれの親に似ているが、同じ親の兄弟姉妹でも違いがある。また同じような環境にいても体調もそれぞれ異なる。こうした個人差の理由はいくつか考えられるが、最も大きな原因は、ヒトは兄弟でもそれぞれ親からもらった遺伝子が少しずつ違うことである。こうした違いについては新着情報ですでに触れた(新着情報2021年10月04日)。すなわち遺伝子レベルで個人差ができるように、億年の単位の長い時間をかけて地球上の生物の進化の仕組みがわざわざ作り上げてきたという背景がある。この個人差はヒトの生物としての多様性と言い換えられる。多様性がないと、環境の急変で生存が危うくなった時にヒトとして対応できなくなる。すなわち遺伝子の違いで対応できるヒトに違いがあれば、誰かは生き残れることになる。

図1。遺伝情報の流れ;セントラルドグマ

ここでは、個人個人で遺伝子が違うことの意味、病気との関係、体調との関係について最近の医学を含む学問上の進歩について見てみたい。

図2。セントラルドグマの情報の流れはすべての生物で同じ

2002年に5人の個人のもつそれぞれのゲノムDNAを構成する部品の分子であるヌクレオチド30億の並び方(塩基配列という、トップおよび図1)が決定された。以降、多くの生物のゲノムDNAの塩基配列が決定され、現在も世界各国で協調して地球上の50万近い個別の生物種の塩基配列が決定されつつある。このような膨大な情報の決定と解析が可能になったのは、塩基配列決定方法の進歩とコンピューターの進歩が密接に関わっていることは明らかである。現時点では、メタゲノム解析という研究が進歩している。例えば人間のメタゲノム解析とは、あるヒトのDNAとその人に感染したり寄生しているウイルスや腸内細菌をそのゲノムDNAの配列をもとに明らかにすることである。ヒトの腸内細菌はビタミンを作ったり、免疫に関わる細胞の活性化に関係する物質を作ったりとヒトにとって不可欠なものであることは、この研究所のHPでも何度か触れている(新着情報2022年1月17日など)。兆の単位の量の腸内細菌がいるが、その種類も数多く全体は明確ではない。その理由の一つは、腸内細菌は基本的に酸素がないことを好む嫌気性の細菌も多くいることである。したがって、大便をもとにそこに住む細菌を取り出し空気のある状態で(実験室で)増やすのは簡単ではない。従来は大便の中にいる細菌を一つずつ培養しDNAを取り出していた。メタゲノム解析では、大便の中に混ざった状態のそれぞれ微量しかいない細菌のDNAの塩基配列を増やすことなく一挙に決めてしまい、決定した塩基配列をコンピューターを使って解析し細菌を分類するという手順をとる。このように塩基配列を決める際の材料となる細菌のDNA量が少ないことと、膨大な数の塩基配列を決定し解析する必要があることなどから、メタゲノム解析という特別な名前をつけて呼ばれている。慶應大学の佐藤博士らは、最近日本の100歳以上の老人の腸内細菌をこのようにして調べた結果を発表している。(新着情報2022年1月17日掲載)

図3。1塩基の配列の違いはSNPといい各個人で違う。アミノ酸の配列が異なる。

DNAの情報を解読することはこのように進歩をとげ、ヒトに関しては1週間・14万円で個人のDNAの全塩基配列を決定するビジネスがすでに始まっている。それでは、このような情報は我々個人にどのような利点があるか、少し触れたい。初めに述べたようにヒトは個人個人でDNAの配列に違いがある。構成部品のヌクレオチドが一箇所違うところは、ゲノム全体30億のうち確定的ではないが150万箇所ぐらいという結果がある。この違いは、いろいろな影響をヒトにをもたらす。塩基配列は遺伝子が指令するタンパク質のアミノ酸の配列の台帳となる情報なので、1つの塩基配列の違いはアミノ酸の配列の違いを引き起こし、結果的にタンパク質の働き方に違いをもたらす(図3)。この一塩基の違いはSNP(single nucleotide polymorphisms)(図3)と呼ばれ、多くのタンパク質について現在も研究が進んでいる。一例を示そう。女子栄養大学の副学長・香川靖雄博士はヒトに不可欠なビタミンである葉酸とSNPとの関係に注目し研究を進め、重要な提言をしている。

葉酸は細胞内の代謝物質にメチル基を渡す反応を助ける必須なビタミンである。この仕組みにはいくつかの化学反応(代謝)が関わり、それぞれ異なる酵素が必要である。この代謝の効率にはそれぞれの酵素のSNPが関係している。すなわちヒトによって酵素のアミノ酸配列がSNPの違いがあれば異なり、代謝の効率(酵素の働き)に違いが生まれる。この代謝効率が悪いタイプの遺伝子を持つ人では、代謝の中間物質であるホモシステインという分子が血液中に多くなり、その結果造血作用が悪くなり貧血になる。このことは、脳梗塞や心筋梗塞にもつながる要因ともなる。こうした事実は、ヒトに必須なビタミン葉酸は、ヒトによって摂取する必要量が違うことを示唆している。効率の悪いタイプの遺伝子を持つヒトは、効率のよいタイプの遺伝子をもつヒトよりより多くの葉酸を摂取することが必要となる。香川博士は埼玉県坂戸市で住民の協力を得て、実地に葉酸摂取と体調の関係について永年調査を行い、厚生省の葉酸摂取の必要量の指示が少なすぎると指摘している。 効率の悪い遺伝子をもてば、葉酸を充分に摂取しないと貧血などが起こりやすくなる。

 SNPが直接病気の原因となる例は現在多くの場合について研究が進んでいる。もっとも有名なのは、乳がんである。母親も祖母も乳がんの場合は、家系性の乳がんが疑われる。その場合、BRACAと呼ばれる遺伝子のSNPががん発症に関わることがすでに明らかになっている。この遺伝子の作るタンパク質は本来細胞ががん細胞に変化するのを抑えており、がん抑制たんぱく(遺伝子)という。しかし、SNPのタイプによってこの抑制の働きがなくなり乳腺の細胞が以上に増えてがんが発症する。この場合40歳以上になると乳がん発症の確率が高まる。DNAの塩基配列を調べれば自分がどのタイプかわかる。米国の女優はこの検査の結果、乳がん発症が避けられないと知り、乳房切除をしたことは記憶に新たである。

  体調や病気がここで示したように遺伝子の中に書き込まれた個人情報によって変わりうるという現在の生命科学の知識から、定期健康診断で各人のDNAの塩基配列の情報が求められる(決定しなければならない)日も近いかもしれない。遺伝子に問題がある場合にそれではどうすべきか、研究は進んでおり、正常な働きをする遺伝子をもつ細胞を移植してがんなどに立ち向かうこともいずれ本格化するであろう。