花の色と癒し
淡路島に春が来た。コロナで街中は人の行き来が少ない寂しい春である。しかし、花は今年も美しく咲き乱れている。5月は、淡路島全島で花と緑のフェアが催され全島が華やいでいる。
淡路島のそこここで沢山の花が見られるが、販売のための花の栽培は淡路島の大切なビジネスである。その歴史は今年で90年である。カーネーションは、全国3位の産出額を誇り、花き生産の総額でも全国7位の花の産地である。総額は平成25年度で10億円、半分は切り花である。淡路島での生産花きは、カーネーションについで菊が多く産出される。生産はハウス内が多く、訪れる人にはわかりにくい。路地で栽培される代表は、オレンジ色が美しいキンセンカで、道沿いに畑が広がっている(https://web.pref.hyogo.lg.jp/nk12/documents/kakisinnkouhousaku.pdf)。
ここでは、花の美しい色や花の時期とはそもそもどんなものなのか、科学の目で見てみよう。
花は子孫を残すための生殖器官であり、卵細胞(雌蕊)に精子を呼び込むために精子である花粉を虫に運んでもらうための誘引装置である。もともと、花のある植物は太古にはなく恐竜がいた頃に繁栄していたシダ植物には花はない。シダは水辺に生き、胞子を作り胞子が精子と卵子を作り水の中で会合して子孫を残す。その後陸上でのみ生きる植物が多くなると、精子と卵子の会合には水以外の介助の仕組みが必要になり、これに伴い花も出現したというわけである。葉がもともと花の祖先であり、長い時間に何段階かのステージを経て花になったという。(東京大学、塚谷祐一教授 https://www.chuko.co.jp/shinsho/portal/101812.html)(多様な花が生まれる瞬間、奥山雄大著 慶応大学出版会)。
花が咲くには、色々な自然条件、特に光と温度が関係していることは誰でも知るところである。特筆すべきは、フロリゲンと言うたんぱく質ホルモンがあり、このホルモンが葉で光を受け取る時間の変化を察知して作られる。花のできる先端部でこのホルモンは花を作るのに必要な様々なたんぱく質が生産されるためのスイッチを入れるという働きをする。フロリゲンは、1936年にその存在が予言され、70年後に実際にたんぱく質として見つかった。京都大学のグループはフロリゲンの遺伝子を特定している(Tamaki, S., Matsuo, S., et al.: Hd3a protein is a mobile flowering signal in rice. Science, 316, 1033-1036 (2007))。単純に考えると、花が欲しい時にフロリゲンの遺伝子のスイッチを人工的にコントロールできれば、花の咲く時を人為的に変えられることになる。バイオテクノロジーが活躍する場である(辻、田岡、島本、花成ホルモンフロリゲンの構造と機能http://leading.lifesciencedb.jp/2-e004)。
次の疑問は、花の色はどのように決まるのかである。 花の色を決める物質は、アントシアニンと呼ばれる化合物が代表的なものである。その構造を図に示してある。この複雑な分子には糖が結合しており、その結合の仕方や結合するものの構造の違いで赤から青までの様々な色を発色する。糖や水酸基と呼ぶ構造をアントシアニンに呼び込むためには酵素が必要である。バラには、青い色の基となるデルフィニジンと呼ばれる色素ができない。これは、アントシアニン分子の特定の位置に水酸基を入れる酵素がないためである。ペチュニアやパンジーには青い花がある。それはこの酵素があるからだ。そこで、サントリー先進技術応用生物学研究所の田中良和博士らは、パンジーのこの酵素の遺伝子をバラに導入し青いバラを世界ではじめて生み出した(青いバラの育種とバイテク育種の今後の方向、 田中良和著)。
花は地上に35万種ほどあるという。その色の多彩さは驚くほどであるが、微妙な違いが生まれる理由を椙山女学園大学の吉田らは研究している(花の色はなぜ多彩で安定か。 吉田久美、近藤忠男 化学と生物(1995) 33, p91)。それによれば、 アントシアニン分子は単独ではなく、複数の分子が集まると発色が変化するという。この分子の集合の仕方は、色素の環境のpHに依存している。アントシアニンは、花びらの中の細胞の内側にある色素胞という袋に貯められている。この袋の中の酸性度(pH)は変化する。強酸性から中性では紫、アルカリ性では青になる。これに関連して国立基礎生物学研究所の飯田博士らは、朝顔の深い青色は、色素胞内のpHによることを突き止めている。このpHを調節するために、色素胞の周りを囲む膜に埋め込まれたイオン輸送たんぱく質(Na+/H+交換輸送たんぱく質)が必要であることを示している。このたんぱく質の遺伝子を機能不全にすると、深い青色は失われ赤紫になってしまう(Color enhancing protein in blue petals, S. Fukada-Tanaka, S. Iida, et al. Nature 407, 581 (2000))。
生き物の色と言えば、ヒトの体色のことがすぐ思い浮かぶ。ここでは植物のことがテーマだが、少しヒトの肌の色のことに触れたい。ヒトの肌の色はよく知られているようにメラニン色素が肌の細胞の中の袋(色素胞)に貯められているためである。この袋の中のpHが体色に関係するのではないかとする研究がなされている。これは熱帯魚のゼブラフィッシュの縞模様を研究したことから推察されたことである。ゼブラフィッシュの黒い帯は、皮膚の細胞のメラニンの量によっている。この黒い帯がない突然変異のあるセブラフィッシュは、ゴールデンフィッシュと呼ばれて愛好されている。この色素を失った原因を調べたところ、メラニンをためている袋の中にカルシュームを流入させるイオン輸送たんぱく質に異常がある事が突き止められた。この異常により、詳しいことはここでは述べないが、色素胞中のpHが変化してメラニンが減少する。この異常を起こしたたんぱく質と同じものが、人にもあり人の体色に関わる事が推定された(SLC24A5, a putative cation exchanger, affects pigmentation in zebrafish and humans, Rebecca L. Lamasonet al. Science 310, p5755, (2005))。
花の色を決める仕組みは、このように詳細にわかりつつあるが、一体どの色に人気があるのだろうか。これには、答えはないようである。青い色は、心を穏やかにする効果があるという心理学の結果もあるようだが、定かではない。青いバラの色を生み出したように、アントシアニンの構造を人為的に変え、花の色を変化させるバイオテクノロジーにより、これからもどんな花の色が生み出されるか楽しみである。 淡路島の花のことに戻ろう。最初に書いたように淡路島の花の生産は全国7位と大きなスケールである。しかし、産出額は年々減少している。これは、花き栽培に関わる農家が高齢化のために産業として継ぐものが減少しているためである。改めて少子高齢化の事が、問題となっている。美しい花の島を継続するために、都会から淡路で花を作ることに挑戦する人が増えていくことに期待したい。