脳の老化を防ぐにはどうべきか?
老人になると、歩く速度も遅くなり、出会い頭の人やモノへの対応も遅くなり衝突の危険がます。誰でも経験するところである。これは、筋肉の衰えと、脳の機能の衰えにあることは、誰でも知っていることである。この衰えに対処するには、どうすれば良いのだろうか、科学の分野でも研究は進んでいる。創造的な体験、特に芸術、美術の体験をすることで、脳の老化は遅くなるということが、詳細な解析のもとに最近示されているのでここで見てみたい。C. Coronel-Oliveros等による“創造的経験と脳内時計”という論文である。(C. Coronel-Oliveros et al. “Creative experiences and brain clocks, Nature communications (2025) Oct. 03).
この研究では、脳の働きを脳波と脳磁気を測定し、脳機能の指標としている。脳内には150億という膨大な神経細胞が詰まっており、神経細胞の一つずつは手を動かし、匂いを嗅ぎ、目で見ることや、思考をすすめたり、美しいものを見て感じたりと、私たちのあらゆる活動に必須な役を果たしている。具体的には、体の周りから匂いや味覚、さらには危険に関する刺激がくると、目、耳、皮膚などにある感覚細胞から情報が電気として脳に伝達され各神経細胞が活動し、それぞれを認識することになる。神経細胞の活動とは、神経細胞膜に細胞の外から内側へとナトリウムイオンが移動し、膜の内外に電場(内側プラス、外側マイナス)が発生し、膜の中を微小な電流が連続的に流れることである。この電流を脳波として頭の外に装置をつけて、キャッチできる。また、電気が流れると磁場が発生する。これも脳電磁波として、脳の外側に装置をつけて捉えることができる。脳波の発生やその形状、脳磁波の発生で脳が活動を高くしているかどうか、定量的に判断できる。


図、神経細胞(上の図)には突起があり、その膜の表面を電気が流れる。下の図は神経細胞膜に埋め込まれたナトリュームイオンを通すチャネル。

図。神経の突起内ではナトリュームイオンの膜の外から内への移動で、電場が発生し隣のイオンチャネルとの間で電気が流れる。
新たな研究では、脳の微小電流(脳波)と電磁波を測定し、若い人と老齢者でいろいろな刺激を与えた時に脳がどのくらい反応するのか、脳波、脳電磁波の発生の量で比べてみた。具体的には下に示すように、タンゴを踊る、ギター演奏をする、絵を描く、ビデオゲーム(絵はない)をする、となっている。特に年齢、世界の地域による人を多数被験者とし、それぞれの過去における経験量の違いにともなう、脳波発生量の比較をしている。


図。Dyna Brain社の脳波測定風景の図を参照した。脳波はいろいろな波長があり、それぞれが脳内の別の活動を反映している。
当然、老化に伴い脳波や脳電磁波の発生は衰えている。しかし、いずれのことでも、あらかじめ経験(創造的経験と論文では定義している)がある人の方が、ない人より、脳波、脳電磁波の発生は高く、脳が若いことを示している。
この結果から、絵を描く、楽器を演奏する、ゲームをするなどの経験をよくすれば、脳の衰えは防ぐことができることが、科学的にわかる。
脳の機能を支える要因は、こうした創造的経験に加えて、日々の食事をとおした栄養も深く関係している。東北大学の瀧靖之教授は、日々の運動、睡眠に加えて適切な栄養摂取を老化予防にあげている。脳は、老化にともない萎縮することがよく知られており、40歳と80才の脳のMRIを見ると、80歳では40歳に比べて隙間だらけになっている。これは脳の神経細胞が死滅しているからである。しかし、生き残っている部分で機能はかなり補われる。また、最近になって老化しても脳の神経細胞の新生もあることが報告されている。このため、新生細胞のためにタンパク質の多い食事をし、ビタミンEやAのような脂溶性のビタミンをとり、不飽和脂肪酸のような脂質も摂取が必要である。具体的には、青魚の摂取でタンパク質と脂質が摂取でき、胡桃や卵の黄身なども推奨されている。なるべく多様多種の食物を食べるのが良さそうである。
最先端の生命科学は、脳神経細胞が新生する際に必要な遺伝子を明らかにしている。慶応大学で見つかったp38という遺伝子や、九州大学と奈良先端大学で見つかったSetD8と呼ばれる遺伝子などである。こうした遺伝子の機能を明らかにすることで、脳の老化を遅らせる新しい物質が見つかる日もくる予感がする。