糖尿病とインシュリンとアディポネクチン
インシュリンは誰でも知っているホルモンであり、その量が少なくなると糖尿病という恐ろしい病気になる。日本人にはこの病気のヒトは、なりそうな危険性を持つ人を入れて2000万人にのぼるという。今年はインスリンがアメリカの研究者であるバンティングとベストによって発見され百年目であり、11月14日は世界糖尿病デーとなっている((世界糖尿病day https://www.wddj.jp/01_howto.htm)(図1)。世界の主要な場所ではシンボルとなるブルーライトが灯される(トップと図2にブルーになる神戸海洋博物館の様子を示した)(図2)。世界では糖尿病が著しく増加し、そのために支出される医療費も激増している。日本を含めた東アジアの人々は欧米人に比べてインスリンの分泌が少なく、糖尿病になる割合が多いことがわかっている(図3)。東京大学の門脇特任教授等は、アジアの人々の遺伝子解析を大規模に行い、欧米人との違いのある糖尿病になりやすい原因の遺伝子を見出している。
さて、淡路島はこの研究所で伝えているように、自然に満ちた環境、食の環境、などにおいて素晴らしいところである。一方、日本の地方のどこでも抱えている共通の健康に関わる問題がある。それは交通システムの問題であり、車に頼る生活が起こす問題である。すなわち淡路では日常的に都会よりも車に依存した生活をするために運動不足になり、生活習慣病に晒されている。生活習慣病とは、食習慣、運動習慣、喫煙、飲酒などの日頃の生活態度によって起こる疾患の総称であり、糖尿病が代表的であるが、この他に高脂血症、高血圧症などがある。こうした病に関連する血液の循環をめぐる異常により脳梗塞、心筋梗塞、などで死に至ることもある(田中逸著、糖尿病アドバイス 日本医事新報社 (2014))。
糖尿病では、血液中のぶどう糖量が血液100mlあたり100mgを超える状態が持続され、結果としていろいろな健康上の問題が発生する。血液中のぶどう糖量が増加すると血液への水の量も増え高血圧になる。また、活性酸素と呼ばれる酸素が血管細胞から発生し、これが血管内皮細胞を傷つける。その結果末梢の血管が破れたりする。脳や腎臓、網膜の毛細血管がこのように傷むと、脳溢血、腎臓機能の劣化にともなう尿毒症、また視力の低下などの生命の維持に必要な機能が低下する。
血液中のぶどう糖量は、食事で摂取する糖や脂質などの栄養源が過多になると起きる。また、過剰な仕事で運動不足になり、取り込まれた糖の消費が抑えられても異常になる。従って過食をさけ、運動の習慣をつけることが必須な対策である。しかし、現代社会では、これらの事は思うほどには簡単ではない。その結果、糖尿病は世界レベルで克服すべき課題になりつつある。
食事の後、米やパンの中にあるぶどう糖が沢山つながった分子である澱粉は唾液や胃の中の酵素により単分子のブドウ糖に切断される。このブドウ糖は、腸で吸収され血液にはいり、体内の細胞にエネルギー源として供給される。過剰なブドウ糖は、肝臓でインシュリンの働きにより細胞内に取り込まれ消費され、さらに過剰にある場合はグリコーゲンとなり保存され、エネルギーとして必要となる時を待つ。また、過剰なブドウ糖は脂肪酸に変換され、脂肪細胞に移行し蓄積される。脂肪細胞は集まって脂肪組織として内臓の周りに付着したり、皮下にたまったりする。このブドウ糖の血液から肝臓細胞などへの取り込みの仕組みには、膵臓で作られるホルモンであるインシュリンの働きが不可欠で、上に述べたようにインシュリンが働かないと血液中の過剰になった糖が尿に排出され糖尿病になる。インシュリンの働きがなくなるのは、大きく2つの場合に分けられる。一つは、インシュリンをつくる膵臓のベータ細胞の働きが遺伝的に生まれた時から低下していたり、自己免疫病で自分の膵臓に抗体ができ、膵臓が傷つく場合である。2つ目は、インシュリンが食生活や日常の運動量などにより減少し、インシュリンが作用する肝臓や骨格筋細胞にあるインシュリン受容体が機能しなくなる場合である。前者をI型糖尿病と言い、後者をII型糖尿病という。I型の異常は糖尿病患者の1割程度であるのに対してII型は9割程度あり増加している。この増加は最初に記したように日常の食生活、運動量などに依存していて、飽食の時代と言われる現代の病気である。
ここでは、糖尿病に関わる新しい科学的発見として、1996年に大阪大学医学部の松沢教授の研究室のグループにより見つけられたアディポネクチンと呼ばれる血糖量のコントロールに関わるホルモン(Paradoxical decrease of adipose-specific protein, adiponectin,in obesty, Y.Arita, Y. Matsuzawa et al. (1996) BBRC, 257, 79-83)と糖尿病との関係について紹介したい。
アディポネクチンは、脂肪を蓄える脂肪細胞から分泌されるホルモンである。血液をめぐり血管内皮細胞、心筋細胞、内臓平滑筋細胞、骨格筋細胞、肝細胞、骨などにある受容体にアディポネクチンは結合し、それぞれの細胞内の代謝に影響を与える。すなわちホルモンが細胞に結合するとその情報(刺激)がさまざまな細胞内の化学反応を促進したり抑制したりする。アディポネクチンの結合が起こす化学反応の変化は多岐に渡り、このホルモンが結合する相手の細胞の種類によっても異なる。これに伴い膨大な科学的知見が現在までに得られており、それらをまとめた最新の総説が最近発表されている(B. Roy and S. Planiyandi, Tissue specific role and associated down stream signaling pathways of adiponectin, Cell Biosci. (2021) 11, 77)。
ここではアディポネクチンと糖尿病や動脈硬化などとの関係についてこの総説の一部を紹介しよう。体が必要とするエネルギーを上回る量の食事をすると(お米やうどんなどの糖類だけでなく、脂肪、やタンパク質も含まれる)上に述べたように脂肪が体に蓄積し、血管にも脂肪が多く流れる。このような状況では高血圧や過度の運動で生じた活性酸素によって血管内皮細胞に傷ができ、この傷の部分に脂肪(コレステロールや、中性脂質)が溜まる。次にこれを食すマクロファージという細胞が集まりプラーク(粥状物質で血管表面に溜まる)という固まりになる。この結果血の流れはスムースに行かなくなり、マクロファージから出される食細胞をさらに集める物質により炎症状態が起きる。動脈硬化がこの症状である。炎症がひどくなると瘡蓋ができ、瘡蓋はいずれ取れて血流をめぐって心臓、肺、脳などの毛細血管で血液の流れを塞いで止める。これが梗塞であり、脳梗塞や心筋梗塞である。これらが起きると、ヒトは死に至る。アディポネクチンは、血管内皮細胞に作用し血栓形成の予防をし、結果として脳梗塞や心筋梗塞を防ぐ。また骨格筋や肝細胞に作用し脂肪の酸化による消費を促進し、脂質の新たな合成を抑制する。また膵臓からのインシュリンの分泌の促進や、骨格筋でのインシュリンによるブドウ糖取り込みの促進や細胞内の脂肪の酸化による消費の促進が起こり、細胞の代謝全体が活発化する。これらの作用により肥満になることが防がれ、また、糖尿病を防ぐことになる。適正体重を保つ限り、脂肪細胞からのアディポネクチンの分泌はおきる。しかし、一端肥満になると脂肪細胞はアポトーシスとよばれる細胞死を起こし、これに免疫細胞が攻撃をして炎症を起こす。その結果このホルモンの分泌は減少し、生活習慣病といわれる糖尿病、高血圧、高脂血症などを引き起こすことになる。一方、緑黄色野菜や青魚の摂取がアディポネクチンを増やすという報告もあるが、すべての人に共通でないことや、アディポネクチンを増やす仕組みも定かではないので、まだその効果ははっきりしたものではない。
有酸素運動を適宜行い、過食をしないようにすることで、生活習慣病は防ぐことができる。たとえば、週に早足で20分ほど2回程度歩くことでも効果があるという。また糖質を少なめにし、高コレステロール(LDLコレステロール)の摂取を抑え、タンパク質の多い食事をすることも大切である。体重を毎日測ったりして理想体重に近づける(身長X身長(m単位)X22)。医師の奥田昌子氏は日本人はインシュリンの分泌が欧米人より少なく、内臓周りに脂肪がつきやすいという。そこで、簡単で実効性があることとして、腹部周りを男性は85cm, 女性は90cm以下にするように勧めている(奥田昌子、内臓脂肪を最速で落とす 幻冬社新書 482(2018))。