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発酵酵素風呂:発酵と栄養

 歌舞伎役者の海老蔵さんは、お子さんと酵素風呂に通っているとネットで伝えている。最近この酵素風呂がとても人気である。40年ほど前に北海道で始まったという。ネットで酵素風呂を調べると、今では東京、大阪をはじめとして各地で営業しているのがわかる。ここ淡路島では、南あわじ市に農家の作業所を改造した大きな酵素風呂(http://sun-sun33.com/)が人気である。パソナグループでは、この春から淡路市の丘の上にあるグランシャリオで始めているウエルネスプログラムで、酵素風呂の提供を始めたところである(https://www.nambuyasuyuki.com/news/2020/07/3072/)。このプログラムでは健康生活、特に高血圧、糖尿病などの問題を克服し回避するにはどうするべきかをテーマにしている。5日間ほど小高い淡路島の丘の上で自然に囲まれ体験学習するユニークなプログラムである。このプログラムでは、生活習慣病が今の日本の大きな問題であることを認識した、パソナグループの南部代表の考えが大きく盛り込まれている。自身の体験に基づいたプログラムでもありその効果には説得力がある。提供される食事は、ビーガン料理を基本として各種の新鮮な野菜に発酵料理法を極めた料理人の伏木氏(https://www.chef-fushiki.jp/)の各種のドレッシングがかけられており、その味と健康に資することの両面を極めている。

糠が入った酵素風呂
健康プログラムの会場グランシャリオの夕日

酵素風呂とは、糠や木材の切り屑に微生物を混ぜて発酵させ、それにより生ずる48度−60度程度の温浴のことである。温浴は深部体温を高めることで血流をあげ、様々な体調不良に効果がある。このことは、日本では温泉療法として長い歴史があり、実際各種の温泉浴に基づく治療施設もある。発酵には、熱の他に発酵産物もその効用は広く知られている。発酵産物を食することは、味噌、醤油、チーズ、ヨーグルトなどを挙げるまでもなく、我々の身体には明らかな有用性がある。ここでは、発酵による発熱と、発酵産物の有用性について見てみたい。

発酵の元となる酵母菌

廃棄された農産物、養豚場などの敷き藁などは、しばらく置いて堆肥として再利用されている。この堆肥作りでは熱が発生し雑菌は死滅する。これは、これらの廃棄物の中のものが、自然にある微生物によって発酵したためである。こうした発酵による発熱は、自然の森の中でも腐った木や草が積み重なって起き、場合によっては火事を引き起こすことが知られている(村沢直治他 Bull. Japanese Association for the fire science and engineering (2012) 62 )。こうしたことをみると、発酵による発熱はかなり高いことがわかる。ではどのくらいの熱なのだろうか。糠、木屑、廃棄される竹のチップなどを発酵させて発生する温度を測定した実験によると、最高で68度、平均で50度ほどの温度上昇があることが報告されている。酵素風呂は、このように米糠、木屑(ヒノキの切り屑など)に酵母菌などを添加し、適当な水とミネラルを補給し熱を発生させている。上記の実験では、高い温度はそのまま続くわけではなく、時々かき混ぜ新規に糠や木屑の補給が必要となる。これは、酵母(場合によっては、放線菌、糸状菌)などに栄養源となる炭水化物を糠や木屑で補給し、また空気中の酸素を補給することが高温発生に必要な事を示している。電気やガスなどを利用する必要がない点で究極のエコ(省エネルギー)であり、環境にやさしいことになる。実際にこの点に着目して、家庭の食品廃棄物を利用して発酵を行い、その熱を利用して発電をする試み(後河内淳司他 大島商船高等学校 山口研究室、後河内淳司他 大島商船高等学校 山口研究室)もあり今後の発展が期待されている。 どうして発酵で熱が出るのだろうか、もう少し詳しく見てみよう。発酵とは、酸素がない状態(嫌気的状態)で微生物が生きるために取り入れたブドウ糖などから自分に必要なエネルギーを取り出し、自分用のエネルギー物質であるATPに貯めることである。この時にATP合成とは別にアルコールや酢酸などが副産物としてできる。これらを、アルコール発酵、酢酸発酵などと呼ぶ。この仕組みは複雑で、糖から産物ができるまでの過程には、複数の化学反応が関わっている。基本的には、糖の分解の反応であり、この複数の分解反応はそれぞれが発熱を伴う反応である。この反応で出る熱の総和は60度くらいになるという。酵素風呂や堆肥作りではかき混ぜて空気を入れる方が、より高温になる。これは、微生物が酸素を利用して発熱するからで、厳密には発酵ではない。酸素がある(好気的条件という)と酵母菌は糖を分解しアルコールを作らないでATPを作り結果として二酸化炭素を生み出す。また、糖のこのような分解により発酵よりたくさんの熱を発生する。

酒の香りの元であるエタノール

発酵では熱の発生よりも、アルコールや酒、醤油、味噌、酢などの生産のことがまず思い浮かぶ。この点を少し詳しく見てみよう。発酵による食品の生産は、ビール、ワイン、チーズ、ヨーグルトなどにも使われ、人類が永い歴史の中で微生物の力を知り利用してきたことがわかる。発酵食品がどのように作られるのか、発酵という微生物の働きや腸内細菌による発酵について詳しい案内書をここでは3つ紹介しておこう。(腸内革命;藤田紘一郎著 (東京医科歯科大学名誉教授)海竜社 (2011)、発酵食;白澤卓二著 (順天堂大学医学研究科教授)、河出書房新社 (2012)、日本の伝統、発酵の科学;中島春紫著 (明治大学農学部教授)講談社ブルーバックス (2018))

これらの著書から発酵は、酒や醤油などだけではなく、我々の腸内でも起こっていることがわかる。腸内には細菌がおり、食べたものの中の糖類を生きるために利用している。その結果できるものが、腸管の周りにいる免疫細胞に刺激を与え免疫機能を上昇させる。人間の腸は体外から取り入れられた食物由来の物質や感染菌などを体内に取り入れる入口であり、自分を守る免疫細胞全体の6割適度が腸の周りにいるという。この免疫細胞を刺激し活性化する物質は、人では消化しにくいオリゴ糖(糖分子が幾つか繋がったもので野菜などの食物繊維に由来する)を腸内細菌が分解した結果できる。これも腸内は酸素が少ないので、発酵のプロセスといえる。腸内の発酵ではタンパク質からアミノ酸の仲間も作られ、これらはホルモンの仲間であるカテコールアミンの生産の材料となる。このカテコールアミンは自律神経の興奮に作用するので、腸内細菌の作用は、神経系にも影響することが理解できる。腸内の細菌の環境(腸内細菌フローラと言う)は、ヨーグルトを毎日飲むことで健全に保たれるというのは今では誰でも知っている。乳酸菌が含まれるヨーグルトを食すると、腸内で乳酸菌が作る乳酸によって酸性環境ができ、その結果ウエルシュ菌などの悪玉細菌の量が減少し、ビフィズス菌のような善玉が増え、体に良い物質が産生されることになる。有用産物の一つは疲労回復には必須なビタミンBの仲間である。すなわち腸内細菌は、ビタミンBの合成にも関わっている。

オリゴ糖の例;血液型A型を決める血球表面のオリゴ糖

話を酵素風呂に戻そう。糠の発酵による発熱で温浴することが、健康に良いということだが、上記のように発酵では色々な産物ができる。こうしたことからビタミンなどの発酵産物を含む酵素風呂は皮膚に良い効果をもたらすだろう。アミノ酸やビタミンは、発酵でできると共に元々の材料の糠に含まれている。

最後に発酵と香りについてみてみよう。発酵により微生物が作るものはアミノ酸、糖の仲間であり、それぞれ旨味や甘味の元になる。そのほかにアルコール、エステル、アルデヒドなどがあり、これらは香りあるいは風味の元となる。

酒の香りはエチールアルコールであり、カルピスのような乳酸飲料の香りは乳酸エチルエステルや酢酸エチルエステルと呼ばれる物質である。酒やカルピスのような乳酸飲料は作る会社や場所によりその香りは異なる。これは、発酵に使われている酵母や乳酸菌には多くの兄弟のような少しずつ異なる仲間がいて、発酵の場所により菌が異なっている。このため発酵産物も少しずつ違うからである。このため発酵を行う代表である酒造りや味噌、醤油作りは、個性と文化の表れとなる。それぞれの守る酵母、麹菌、乳酸菌などが酒造所や醤油造醸所により異なるからであり、これを大切に守って欲しい。淡路島に日本酒の古酒を専門に販売し楽しむレストラン(https://awaji-seikaiha.com/kosyunoya.html)が開業している。古酒舎(こしゅのや)という。清酒はこれまで1年ほどのものが主であったが、3年以上熟成したものが古酒である。ウイスキーやワインでは、古酒は貴重であるが、日本酒でも同じであることが、古酒を飲むとわかる。際立った香りを楽しむには古酒は特別な存在である。