水と生活
淡路島の北部にある佐野の山腹に御井の井戸という湧き水の井戸(https://www.awaji-web.com/index.php?sightseeing_oinoshimizu)がある。この井戸の水は、1500年ほど前に大阪の南・高津におられた大王(仁徳天皇)の元に朝夕に海を渡って飲み水として運ばれたとの記載が古事記にある。淡路島の北部は花崗岩で覆われており、雨水はろ過されさらにミネラルが含まれ良水になっている。古代からこのことが認知されていたのである。同じような良水が、太子の水(淡路市大町)、広田の寒泉(みなみ淡路市広田)などとして知られている。
ここでは、淡路島にとってまた人間にとって必須なものとして、水をめぐる話題を取り上げたい。よく知られているように、ヒトの身体の7割は水であり、そこにヒトが生きる上に必要な栄養、特にイオンが溶けている。各種のイオン濃度はほぼ一定になっている。また、感染性の細菌やウイルスを監視し、排除するための免疫細胞も体液や血液に存在する。胎児では体重の9割、子供では7割、大人では6割半、老人は5割半が水であり、老化に伴い水分が減少するので老人はより多く水分を取る必要がある。体の1割の水が失われると痙攣などが起き、筋肉がうまく働かなくなる。火傷などで体重の2割の水が失われると意識が朦朧とし、死の危機が迫る。このように水はヒトに必須であり、健康的に生きるには水の摂取を意識的に心がけるべきである。
そもそもなぜ水なのだろうか。化学的にも水には幾つかの特徴がある。誰でも知っているように水はH20であり、水素と酸素が結合している。この構造のために、水はその分子の中で磁石のようにプラスの部分とマイナスの部分が偏っている。体内にあるマイナスの電荷をもっている物質は水分子のプラスのところに、プラスの電荷を持った物質は水のマイナスの部分に集まる。これが、ものが水に溶けるということである。これは水の持つ大きな特徴である。人に必要な栄養素となる多くの分子内に同じように電荷の偏りがありプラスのところとマイナスのところがある。こうした物質はマイナスとプラスが引き合うように水とくっついている。水自身も水分子同士でプラスとマイナスがくっついている。温度が低いときは、この引き合いは強く氷になり、沸騰する温度ではこの結合は壊され水は蒸気(ガス)になる。このような化学的な特徴のために、水は熱を貯めやすくなっている。これらの特徴はヒトの体をなりたたせる上で他の液体にはない特徴となっている。
これまで述べた水の電気化学的な性格から、水には電荷を持った多くのイオン(塩分)が溶ける。ヒトの体にはナトリューム、カリューム、カルシューム、マグネシュームなどが必須だが皆水に溶けている。我々が美味しいと感じる水は、こうした塩分が適量溶けているもので、理屈に合っている。市販のミネラルウオーター(ナチュラルミネラルウオーター)は、こうした塩分(無機イオン)を含んでいてその量とイオンのバランスにより味も異なっている。マグネシュームとカルシュームの量を水の硬度という。120mg/little以上の両イオンを含むものを硬水と言い、それ以下を軟水という。ヨーロッパのミネラルウオーターの代表であるエビアンの水は304mg/littleである。日本で発売されているナチュラルミネラルウオーターの多くは軟水であり、公共の水道水(東京都の水道は硬度が60ぐらい(60mg/littleのマグネシュームとカルシューム))とそれほど硬度は違わない。日本の水はそもそも美味しいのである。
水は、農耕、特に水田には必須であることは言うまでもない。淡路島には、農耕のための溜池が1万カ所以上あり、兵庫県全体の半分を占める(https://web.pref.hyogo.lg.jp/nk11/tameikedetabase.html)。島なので、川は山から海までの距離が短く、取水には限りがあるためである。1700年前の水田の遺跡が南あわじ市で見つかっている。そこにも溜池があったことが発見されている。溜池は淡路島の古代から生活の必須要素であったことがわかる。江戸時代に農業が拡大し、現在の溜池の3割は江戸時代に作られ残りはそれ以降である。3つの大きな溜池が知られているが、その一つの滝池(淡路市柳沢)は、10年の歳月を構築に要したという。大阪大学工学研究科の木田道宏教授(http://www.dma.jim.osaka-u.ac.jp/view?l=ja&u=7752)は、豊中市の柴原地区の成り立ちを研究し、谷状の地形に現在もある溜池を中心に柴原村落(モノレール柴原阪大前の周辺地区)が形成されたことを示している。この村の北の端には、葬送の為の焼き場があり、現在も葬儀場になっている。日本の多くの村は、このように稲作の為の溜池の構築とその維持で作られてきたものと言える。本来溜池を管理することで日本の農村のコミュニティーができてきたと言える。新規にこうした土地で農耕を開始しようとするとこのコミュニティーの一員として認めてもらわなければならない。都会に住む人々には理解できないことであろう。これは地方創生に関わる隠れた問題かもしれない。
淡路島の水といえば、海がある。瀬戸内海側の浅瀬ではノリの養殖が冬の時期には大々的に行われている。近年この養殖のノリの収穫や色づきが以前ほど良くないことが問題になっている。日本で収穫量が1−2位になるシラスやいかなごの収穫も減っていて大きな問題となっている。こうした問題は、海水の貧栄養化によると近年理解されている(Cultural oligotrophication, T. Yamamoto, Journal of the JIME (2014) 49, p72)。1970年代の高度成長期に瀬戸内海への工業排水や生活排水により海水の汚濁と富栄養化が進んだ。赤潮がよく問題になっていた(https://www.env.go.jp/water/heisa/seto_comm.html)。1974年からこれに対して排水の浄化が法律で義務付けられ、瀬戸内海は今では生まれ変わっている。水の中の有機物、りん、硝化塩などの量が栄養的指標(COD, 化学的酸化量として示される)とされる。これらの含有量は、現在最も汚濁のあった時の4分の一程度まで低下し、透明度も培近くに上がっている。その結果、貧栄養となり海産物の収穫が激減している。排水の浄化だけでなく、河川の護岸が進んだこと、稲作の減少に伴い溜池が放置され、その中の養分の海への放出も低下していることなどが、貧栄養化になっている原因とされる。このことは、淡路島の漁業者や市の水産課(https://www.city.awaji.lg.jp/soshiki/nourin/)などにも理解されて対策が練られている。
淡路島の南部にある慶野松原(https://www.awajishima-kanko.jp/manual/detail.php?bid=19)は美しい浜で有名な景勝地である。しかし、その浜の幅は減少の一途をたどっている。海水面の上昇と河川による土砂の流入の減少によるものと思われる。淡路の美しい海岸と水を守る戦いも幾つかの視点をもつ必要があり、これからますます重要な課題になりそうである。