1. HOME
  2. ブログ
  3. 環境と生活
  4. 春が来た。身体にはリズムがある!

春が来た。身体にはリズムがある!

寒い時が去りつつある。淡路にも春が来た。縮んでいたのは身体だけでなく心もではないだろうか。目の前の桜の花を見ると元気がでてくる。ウキウキするのは、誰しもだろう。淡路島では花のフェスティバルが始まっている(花のカーニバル 3月19日−5月15日、国営明石海峡公園)。蝶々も鶯の鳴き声にも春を感じる。虫や鳥は、春になると移動しだす。これは、生き物の体の中に時を感じる仕組みが組み込まれていることと関係する。この仕組みは人間の体にもある。ここでは、体に組み込まれた時を感じる仕組みとその効用について見てみたい。

図1 時計遺伝子と時計タンパク質の役割

日本からアメリカに渡ると13時間の時差のために、夜中に目が醒め、日中眠くなる。これは我々の体の中に1日の長さに対応する仕組みがあるからだ。概日リズム(サーカディアンリズム、日周性)と呼ばれる。われわれの身体にはリズムがあるのだ。日周性以外に季節を感じる仕組みもあることが分かっている。実験動物の虫を使って、この日周性リズムの元となる仕組みとリズムをとる遺伝子が発見されている。この遺伝子を人工的に壊した虫には夜行性のようなリズムはなくなる。Per (period)と名付けられたこの遺伝子(時計遺伝子と呼ばれる)を発見した米国の三人の研究者にノーベル賞が2017年に授与されている。この時計遺伝子に基づいて作られる時計たんぱく質の細胞内の量は、24時間のサイクルで体中で増減を繰り返している(図1、図4)。この増減の繰り返しが体の中の24時間周期のリズムを作り出している。この時計タンパク質といくつかの仲間を成す時計関連のタンパク質は、我々が生まれた時から毎日増減を24時間のサイクルで繰り返している。この増減の仕組みは生物の進化の過程で生み出され、すでにその詳細が分子レベルで明らかになっている。このタンパク質は、他の細胞内のタンパク質の遺伝子(DNA)に結合したり離れたりして、そのタンパク質の合成のスイッチの役割を担っている(図1)。これらの遺伝子のDNAには時計タンパク質が結合するために必要な共通の構造(DNAの塩基配列)が認められている。

このスイッチの対象となる遺伝子にはどのようなものがあるのだろうか。夜になると眠くなり、朝になると自然と目が覚める。典型的なリズムの表れである。眠くなるのはメラトニンというホルモンが夜になると脳内の視床下部にある松果体という部分で合成が高まり血液中の量が増えるためであり、その結果眠りにつくことができる。メラトニン合成酵素の遺伝子は時計タンパク質により合成のスイッチが入ったり切れたりする。朝になると心臓の鼓動も増え、血液の循環も自然に増してくる。これは、メラトニンの合成が減少し、反対に体の活動開始に必要なブドウ糖を血液中に送り出す指令であるアドレナリンなどのホルモンが増加することによる。メラトニンやアドレナリンの合成は自律神経を介して時計タンパク質の働きによって調節されている(図2)。

図2ヒトの体内の日周性の制御

視床下部は自律神経の指令所で脳の奥の方にある。視床下部には血液中のブドウ糖量、体温、血圧の情報がもたらされ、血糖量、血圧、体温を一定にするように、視床下部から自律神経に指令を出す。この視床下部のすぐ上に視交叉上核(SNC)と呼ばれる部位がある。右目と左目からの視神経が交叉している部位である。このSNCのすぐ上に20000個近い細胞が集まる部分がある。これらの細胞の中で時計遺伝子が働いている。ここから発する指令(リズム)が体全体に24時間のリズムを伝える(マスタークロックと呼ばれている)。伝える方法は、視交叉上核(SNC)に隣接する自律神経からのホルモンの分泌である。なお、体の隅々の細胞でも時計遺伝子が働いており、独自に1日のリズム取りに関与していて、ローカルクロック(末梢時計)と呼ばれる。例えば、腸の上皮細胞には食事で得たブドウ糖を腸内から腸の上皮細胞に取り入れるのに必要なブドウ糖透過のためのタンパク質が細胞膜に埋め込まれている。この透過のためのタンパク質の遺伝子のスイッチは時計タンパク質により決められている。調べると、夕刻にスイッチは最大に入力される(図3)。このため、夕食でとった米やうどんのブドウ糖は朝飯の後のぶどう糖よりより効率的に体内に吸収される。

図3 腸の細胞膜にある糖輸送のタンパク質の合成の日周性

最近“時間栄養学入門”という本が出版されている(柴田重信著 Blue Backs 講談社 (2021))。食事の時間をどのようにするのかで、肥満、老化、生活習慣病対策にとってどのような効果があるか、詳しく述べられている。静岡県立大学の合田敏尚教授は、“消化管における遺伝子発現リズム発振の分子基盤”という研究を行なっている(文部科学省科学硏究費補助金報告書(2015年5月 20590233)。また、ニューヨーク大学のS. Sukurman博士らは、薬の作用も体内の時計遺伝子の働きに大きく関係するという点について膨大な証拠を述べている(Circudian rhysms in gene expression: Relationship to physiology , drug disposition and drug action. Adv. Drug Deliv Rev (2010) 62, 904-917).こうした文献には、細胞内の時計は、われわれの周りの光の環境や食事の影響を時計タンパク質が受けるということが述べられている。例えば、実験動物のネズミに昼夜の環境は保ちつつ、餌は明るい時にしか与えないと、腸の糖の輸送タンパク質の合成は変化し、明るい時に移動する。

  上に述べた時差ぼけは、数日するとなくなり新しい環境に適応することはよく知られている。このことから、体内の時計は外部からの刺激で変化することがわかる。このように体内の時計タンパク質の発現が外部からの光や体内の血中のブドウ糖量などの影響をうけるのことは、生物の多くの種の中で見ると哺乳類からであるという。網膜にある特殊な網膜神経細胞に光が入ると、メラノプシンという光を受け取るタンパク質が光を受け取って変化し神経伝達ホルモンのグルタミン酸が視交叉上核に向けて放出され、視交叉上核の時計遺伝子のリズムを変化させる。夜寝る前に青い光をパソコンやスマートフォンから浴びると入眠が遅れ、朝の目覚めにも影響がでるのはこのような仕組みのためである。

  神戸大学医学部脳科学の岡村仁教授は、体内時計によるリズムは、細胞の分裂(細胞周期という仕組みが関わる)のコントロールにも関わり、時計によるリズムの乱れは、発癌にも関係する可能性があると述べている(体内時計の分子機構;腸・肝臓などの末梢臓器は時をどのように刻むのか、日消誌 (2015)102、p1259−1266)。体内のリズムを規則正しくする生活は、がんなどの病気や老化の予防、生活習慣病の予防などにも大切なようである。