医食同源とアミノ酸
健康の維持には良いものを食べるというのは誰でも知っていることである。医食同源と言う言葉もあり、食べ物は病気にならないための必須なものであると同時に病気を治す手段ともなる。食べ物としては、体を動かすエネルギー源と体の構造となる部品を作るためのものに大きく分けられる。エネルギー源はお米やパンなに含まれる糖質や肉の中にある脂肪である。また体の構造と機能を果たすために必要な部品であるタンパク質を作る材料として、アミノ酸を食す必要がある。実際には肉に含まれるタンパク質を腸内で分解して補給される。ところで、こうした食物が病気を防いだり治す医食同源の仕組みにはまだわかっていないことも多い。ここでは、アミノ酸に注目して最近の科学の成果による医食同源の謎解きについて見てみたい。
アミノ酸は、誰でも知っているようにタンパク質を構成する物質(分子)であり20種類がタンパク質には含まれている。この20種類は2つの仲間に分けられる。自分の体の中で、食事で取り入れた別のものから作られるアミノ酸群と、食事でそのもの自身を外から取り入れなければならないアミノ酸群の2群である。前者は、非必須アミノ酸といい、後者は必須アミノ酸という。必須アミノ酸は動物や魚の肉などの摂取で獲ることができる。
最近の科学論文に非必須アミノ酸が体内で面白い役割をもつことが報告されている(Ingested non-essential amino acids recruit brain orexin cells to suppress eating in mice, Viskaits P. et al. Curr. Biol. (2022) Apr 25, p1812)。絶食したネズミの腸内に非必須アミノ酸を人工的に注入し、比較対象とした水またはブドウ糖だけを注入したものとどのような行動上の違いがあるか比べた。その結果、非必須アミノ酸を与えたものでは、その後食事の量が減り、一方で動き回る頻度が有意に増した。この結果を神経と関連させて解析したところ、脳内の食欲をコントロールする神経細胞に、注入した非必須アミノ酸が作用すること、この食欲コントロール細胞は食欲を制御するオレキシンというホルモンが作用する神経細胞であることがわかった。著者らは体内で非必須アミノ酸が過剰になると、ネズミは食べることをやめ、周りを探索しだす行動にでると解釈している。また、この探索行動でさらに栄養価の高いものを探すのではないかと推測している。人間にあてはめられるかはわからないが、栄養が十分になるともっと美味しいものをと探すわれわれの行動と同じなのかもしれない。
別の論文では、人工的に肥満にした実験動物のハエの食行動と摂取するアミノ酸の関係を調べている(Sensing of the non-essential amino acid tyrosine governs the response to protein restriction in Drosophila, Kosakamoto, H. et al. Nature Metabolism (2022) 4, p944-p959)。非必須アミノ酸であるチロシンを人工的に摂取させると肥満を抑えるようにアミノ酸を含む食物(酵母エキス)の摂食量が有意に減少することを見出している。チロシンが食欲コントロールの神経系の引き金になってることを示している。
ここに示した研究の成果は、体内のアミノ酸特に非必須アミノ酸が神経系に直接影響を与えることを示していることである。
ところで、アミノ酸はタンパク質の材料となる他に、そのもの自身が我々の体の中で重要な働きをしていることはすでに一部でわかっている。グルタミン酸やグリシンなどは、神経系が働く上で重要である(脳内におけるアミノ酸の生理的役割、益子崇 化学と教育 (2007) 55, p216)。したがってアミノ酸は、体を強く健康な状態に維持するために必要であるばかりではなく、神経による精神活動にも影響する、医食同源のわかりやすい例となる。ここでさらに神経系の働きとアミノ酸の関係についてもう少し触れたい。神経は、体の中に張り巡らされた電線のようなもので、体の離れた場所で感知した情報を脳へ伝えるものであり、また脳からの指令を体の各部に伝える。脳からの指令を受けて体はばらばらでなく一つのまとまった器械として機能する。情報の伝達とは、この線の中を電気が流れていると考えてよい。ただ線は脳から体の部分と一本の線で繋がれているわけではなく、1箇所以上の途切れがあり全体としては繋がった複数の線からなる。
この途切れの部分はシナプスと呼ばれ、電気信号はシナプスの途切れた次の神経細胞までの間の部分を化学物質に形を変えて伝えられる。この神経伝達物質と呼ばれる一群の化学物質の一部にグルタミン酸やグリシンなどのアミノ酸が含まれる。このため、大きく見るとグルタミン酸やグリシンの体内量(血液の中にある量)が神経の電気信号の伝達に影響する。シナプスまで来た電気信号は神経細胞の末端内部にあるシナプス小胞(図参照)と呼ばれる袋に貯められているグルタミン酸やグリシンがシナプス空間へ放出されるという形をとり、次につながる神経へ電気ではなく化学物質として情報を伝える。放出されたこれらのアミノ酸は接続する次の神経細胞に結合し、再び電気信号を発生させる。シナプスでの化学的な信号伝達で次の神経細胞内の信号が減る場合と、増強される場合がある。このような仕組みによって、神経の信号の伝搬はシナプスで調節されることになる。シナプスによりグルタミン酸やグリシンなどの神経伝達物質は異なっている。グルタミン酸を放出するタイプでは、情報の伝達は放出後次の神経細胞内では信号が増幅されるが、一方グリシンが放出される場合は、情報の伝達は鎮静化されることになる。グリシンのように信号を減衰させる神経伝達物質としてGABA(ガンマアミノブチル酸)が知られているが、これもアミノ酸からできてくる物質である。いまグリシンは寝つきをよくするサプリとして味の素などがたくさん販売している。グリシンによって、体内深部の熱発生が神経を介した脳からの指令により抑えられるということである。この結果、寝付きが良くなるようである。一方のグルタミン酸を使うシナプスを通る信号は、神経の情報伝達を高める。
神経の情報伝達では、神経の末端に情報が届くと新たな化学物質を生み出される。ホルモンがその例である。怒ったときや危害を加えられそうな時にはアドレナリンが副腎から分泌され、私たちは戦いに備える(血液中のブドウ糖の量が増加するなど)。これは目で見た情報(敵が来たなど)が脳に届きさらに脳からの神経情報として指令が副腎に行くためである。アドレナリンは、アミノ酸のチロシンからつくられる。神経を鎮静化するグリシンやGABA(ガンマアミノブチル酸)は現在食品としてドラッグストアではサプリのコーナーで売られている。なお、よく知られているようにグルタミン酸は、旨味の原因物質でもあり、味の素として売られているが、舌の旨味を知覚する細胞に結合し、これが神経情報として脳に伝わる。
医薬同源の意味がよくわかる例としてアミノ酸について触れてきた。体液や血液の中のアミノ酸量の変動と脳内のどの神経細胞が関わって、食欲やわれわれの行動が決まってくるのか、脳内の食欲制御の神経細胞を明らかにする新しい研究が現在進んでいる( The neuronal logic of how internal states control food choice. Munch, D. et al. Nature (2022) 607, p747-p755)。