ヒアルロン酸は寿命を永くする。
最近の生命科学研究の成果のうち寿命を永くする物質の発見について, このHPでもこれまでいくつか紹介してきた(新着情報、7月18日2023年)。また新たにこのリストに加わったものを紹介したい。それは、ヒアルロン酸である。肌の潤いを増す効果から美容のための化粧品などに含まれていて、よく広告を目にするものである。2023年7月の科学雑誌Natureに、Z. Zhangらは、少し特別な実験のやり方でヒアルロン酸がヒトの寿命の延長に寄与する可能性を示したので紹介したい(Increased hyaluronan by naked mole-rat Has2 improves healthspan in mice, Z. Zhang et al. Nature (2023) 621, Sept. 7)。
図 ヒアルロン酸の化学構造
ヒアルロン酸とは、ヒトを含む動物の体の中で細胞と細胞をつなぎ合わせている糖の仲間であり、N-アセチルグルコサミンとグルクロン酸という二つの糖分子が繰り返し長く結合したものである(図参照)。細胞中で作られ外に排出され細胞の間をつなぐ細胞外マトリックスという構造を作っている。この構造はタンパク質の一種であるコラーゲンや非コラーゲンタンパク質(インテグリン、フィブロネクチン、エラスチン、ラミンなど)と一緒に細胞同士を接着する役割をもつ。さらに、マトリックスの状態によって細胞内でのタンパク質合成にも影響をもたらすことがわかっている。Zhangらはヒアルロン酸に注目し、ヒアルロン酸と寿命の関係を調べるために、ハダカデバネズミという変わった動物に注目した。このネズミは体毛がなく裸のように見え、前歯が出ていることからこの様に名付けられている。また、マウスやラットの寿命が平均で3—4年なのに比べて20数年とはるかに永いことが知られている。この長寿の理由を探る研究はすでに沢山なされていて、細胞をつなぐヒアルロン酸がヒトや他の動物のものに比べてハダカデバネズミでは分子構造がはるかに大きく(単位のグルクロン酸とアセチルグルコサミンの繰り返しが多い)長寿に寄与しているのではないかと注目が集まっていた。この2つの糖の単位の繰り返しのつながりを作るために必要な酵素はヒアルロン酸合成酵素として知られている。
この論文の研究では、この酵素に注目し、ハダカデバネズミのヒアルロン酸合成酵素の遺伝子を人工的に普通のマウスに導入し遺伝子組み替えマウスを作り、ヒアルロン酸の体内での増量を期待した。その結果、このマウスの寿命は遺伝子を人工導入しないマウスに比べて、ヒアルロン酸の量は確かに増加していた。さらに、寿命が平均で4.4パーセント延長し、最長では12.2パーセントも有意に延長していた。健康寿命の指標となる肝臓の機能も調べたところ、有意に肝臓機能の低下が抑えられていて、健康寿命の延長もできていることが示されている。
なぜ、ヒアルロン酸の増加がこのような寿命の延長に結びつくのか、いくつかの細胞を用いた実験がされている。そによると、老化に伴い通常はヒトを含めて腸内上皮に炎症が起こりやすくなり腸の機能低下がおこる。特に外部から摂取した食べ物に含まれる感染菌を殺菌するために腸上皮のパネート細胞からディフェンシンという物質が分泌される。しかし加齢に伴ってこのパネート細胞に炎症がおこり、ディフェンシンの分泌が抑えられる。これが、老化の一因と考えらる。しかし、ヒアルロン酸合成が増加したマウスではこのパネート細胞の炎症が抑えられていた。これは、老化にともない免疫システムの機能が低下し、体内で炎症が起きやすくなるのだが、ヒアルロン酸の増加によって、免疫系の機能低下が抑えられていたためであると考えられる。老化に伴って起きる体内での異常な酸化物質の増加もヒアルロン酸によって抑えられることで延命に寄与するのではないかと議論されている。
図 腸の絨毛の上皮細胞の一つであるパネート細胞(下の図水色表示)
興味深いことに、ヒアルロン酸合成酵素を人工的に増加させたマウスでは、人工的にがん細胞を移植しても、酵素を増加させない比較対象マウスに比べて発癌が抑えられていた。がんは、遺伝子の異常で細胞が無限に増える病気である。正常な細胞では、一定以上に増えると細胞は増殖するのをやめる仕組みが備わっている。これは、始めに書いた様に細胞外のマトリックスの構造と関係があることがわかっている。ヒアルロン酸の増加はおそらく細胞の異常な増殖を抑える働きをするものと考えられる。
ヒアルロン酸がこのように健康の維持に関与し延命に寄与するなら、食事などで摂取できれば良いのだが。しかし、その化学構造は大きすぎて腸内で分解されてしまう。もし、体内でのヒアルロン酸の合成を促す栄養素がわかればヒトでも効果が期待できる。ネット上ではそうした効能をうたった製品が市販されている様だが、効果のほどはどうであろうか?