
アミノ酸の一種システインを食事から抜くと体重減になるのか
20種類のアミノ酸は、タンパク質を作る必須な部品である。人間にとっては自分の体内で作ることができないため食品から摂取する必要がある9種類の必須アミノ酸と呼ばれるアミノ酸がある。イソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、スレオニン(トレオニン)、トリプトファン、バリン、ヒスチジンである。食事にはこのほか11種の非必須アミノ酸が含まれているが、それぞれが他の体内物質から変換され体内で作られる。これらは食事で取り入れる必要はないが、タンパク質合成には必須であり、さらにこれらの非必須アミノ酸は、体内で他の物質を作る中間物質としても重要である。その一つとしてシステインがある。システインはどのように重要なのだろうか。これに答える興味深い研究結果が最近発表され私たちの体重に深く関係することが示された。(Unravelling cysteine-deficiency associated weight loss, Alan Varghese et al. (2025) Nature, May issue)
システインは細胞内で、メチオニンから作られる。Alan Vargheseらによる研究では、ネズミにおいて遺伝子を人為的に変えて体内でのシステイン合成の経路を遮断し、餌によってのみシステインの摂取が可能なネズミを人工的に作り、これを使ってシステインを含まない食事をさせたところ、一週間で体重が3割減少したという。システインはタンパク質を作るのに必須だからこのような条件ではタンパク質合成が減り、体重は減少する。そこで、比較対象として必須アミノ酸9種についても、これがない食事をさせ、体重の減少をシステインと比べたところ、システインが実験条件下で7日以内に体重が3割減った。しかし、他の必須アミノ酸では1割から多くても2割程度の体重の減少であった。システインを制限すると体重がより多く減少するのである。ヒトの過体重(肥満)の問題は深刻だがシステインの摂取を抑えて、体重を減らす道が開けるかもしれないという。
それでは、システインはどうして体重と関係するのだろうか、この論文で詳しく深く研究しているのでその一部を紹介したい。このシステインとそれとよく似たシスチンは、分子内に硫黄(S)を含んでいる。体内の代謝物にはSを含むものがあり、システインはこれを作るための必須な素材である。またSには水素が結合している。この水素は、細胞内で他の物質に渡され、その物質を還元する。人は酸素を取り入れて取り込んだ糖を酸化し遊離するエネルギーをATP分子に閉じ込めている。この酸化の力はうまくコントロールしないと、体内物質を過剰に酸化し破壊することになる。従って酸化力を打ち消す還元力が必要となる。人の細胞内では、システインから作られるグルタチオンに還元力が保存され、必要なときに使われる。このグルタチオンを作るのに、システインが必要である。なお、システインを培養細胞に過剰に加えると細胞は死ぬので、過剰な還元力も細胞には危険である。またグルタチオンの還元力はシステインより弱いので、グルタチオンに還元力を保存するのは理にかなっている。さらに、細胞内で脂肪分の元となる脂肪酸を安定的に作るときにグルタチオンの還元力が必要であることはすでに分かっている。なお、システインは肉類(特にレバー)、魚類、鶏卵、野菜ではにんにく、たまねぎ、ブロッコリー、芽キャベツなどに多く含まれる。また大豆製品、のり、いくら、ごま、鶏肉、豚肉にも多く含まれている。
Vargheseらの研究では、遺伝子操作により人為的にシステインを体内で合成できなくしたネズミの細胞を用いて、餌の中のシステインを無くすと脂肪を蓄えている脂肪細胞内の脂肪が減少することを明らかにした。グルタチオンが脂肪酸の合成に必要なことは細胞のレベルでは知られていたが、体重減少につながることはVargheseらの今回の研究で初めて明らかになった。システインはビタミンの一種である補酵素A(CoA)の合成にも必須である。この物質はエネルギー源であるATPが細胞に取り込まれた糖から作られるときに必要であり、ミトコンドリアが機能するために必須である。そのため、システインの量が減少すると補酵素Aが減りミトコンドリアの働きが減少する。その結果ATPが減少し、タンパク質合成が低下し体重の減少繋がると考えられる。

図 システインをめぐる代謝経路。脂肪酸合成や補酵素Aの合成に関わる。

図 補酵素Aはミトコンドリアの活性化に関わりATP合成に繋がる。末端にシステイン由来の硫黄(S)がある。
以上複雑な細胞内のシステインをめぐる細胞内の代謝回路の重要性が今回のVarghese博士らの研究で明らかになった。今回の研究からすぐにシステインの摂取をさげて肥満を解消する新しい方法は見つからないかもしれないが、生命の仕組みは奥が深いことを改めて感じる。